第2回 マスクと中学生(2)

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「もしや…」

ケロミはつぶやいた。

「あの伝染病はこのクラスまでやってきたんだ…」

ケロミのカエル頭巾に緊張感が走った。そして、周囲を改めて見回した。

マスクをしている生徒達は一様に硬直したように自席に座っていた。震えている者さえいる。

それとは対照的に、マスクをしていない生徒は、不必要な無駄な動作が多い。オーバーアクションである。目立ちたい・注目されたい衝動がウツウツと湧き上がって悶々としている様子だ。そう、マスクをしていない生徒は、全て既にあの病にかかっているからだ。彼らは、昨日よりもやさぐれた様子で、背伸びをして大人の真似を必死にしているのが見てとれる。これはこの病気独特の症状である。

ある生徒は、タバコを口にくわえている。煙は出ていない。唇がねっとり茶色くなっているのでシガレットチョコなのはバレバレだ。だが、本人はバレてるとも知らず、いきがった様子だ。プハーと、煙の代わりにチョコの甘い息を吐き出している。甘い香りにつられ、可愛いミツバチや蝶々達が寄ってきていて、フワフワでメルヘンな空間に仕上がっている。

また、ある生徒はグラサンをかけている。だが、よくみると映画館で使う3D用眼鏡である。しかも、左右が赤と青で色が違う旧式タイプだ。ちょっと往年のテクノ感は出たが本人の意図とはズレているのは明確だ。残念な感じが半端ない。ギガぱねぇ。

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また数人の生徒たちは、一見普通に本を読んでいるようだったが、皆、これ見よがしに本を立てて表紙を見せつけている。ページをめくる音も必要以上に大きい。そして、開いている本を読むことはなく、チラチラと周囲の反応を伺ってばかりいる。彼らが読んでいる本のタイトルは「クイック・チャパン」「スタジオぽいす」「カロ」「澁澤脱彦全集」などなど。マニアックでオシャレな大人の雑誌や本だ。前述のヤンキー症状ではなく、こちらはサブカル症状が顕著に現れているのが見てとれる…。このまま放っておくと、下北澤の小劇団に入団したり、仲野のミニシアターの年間プレミア会員になってしまったりする。大人しいようで一番危険な症状なのかもしれない。

とそこに、

「ジャジャーン」

とギターらしき音色が響いた。

「いけね!ついつい手が動いちゃうんだよね~。俺っち、ギタリストだからさ~」と聞こえよがしに一人言を言う生徒の手には何もない。でも、何か持っているような手つきだ。(指がピロピロ動いているのがすごくヤだ。)もしエスパーであれば、持っているものが見えるのだろうか。そう、その生徒が持っているものは、いわゆる「エアギター」。空気のギター。存在しないギター。簡単に言うと、「ギターごっこ」である。

気付くと、エアな楽器は、ギターだけではなかった。その生徒の回りには、エアドラム、エアキーボードの症状を発症している生徒もドンツク音を奏でている。もちろん、口で。

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今にもバンドを組みはじめそうな一触即発な危険な雰囲気だ。エアベースがいないのがネックなのか、バンド症状の生徒たちは、まだソロ活動でお互いの様子を盗み見て「バンドやろうぜ」を言いだす機会を伺っている。まるで、ヘビ・カエル・マングースの3スクミ状態だ。そして、そんなエアー達の奏でるアホなリズムが、やり場のない中2のココロの物悲しさを一層引き出たせている。

「……こ、これは『中2病』!」

クラス内をじっくりと観察したケロミはマスクの下の蒸れて臭い空気の中でつぶやいた。

ブリクサは手旗信号を握りしめながらうなずき、そろそろと、中2病にかかった生徒を刺激しないように忍び足でそっとケロミに近づいてきた。

「ケロミちゃん、とうとううちのクラス、2年157組まで伝染してしまったよ…」

(※昭和ヶ丘中は、2年が157クラスある。この年はベビーブームだったためだ。ちなみに1年は4クラス、3年は3クラスでR。)

ブリクサは続けて言った。

「僕が来た時は、まだ数名の発症だったのに次々と伝染して、もうこんなに広がってしてしまった。次は自分かと思うと…。恥ずかしいよ…。帰りたいよ…。けど、欠席になってしまう…。もどかしいよ…。恐ろしいよ…。というより、やっぱり恥ずかしいよ…」

ブリクサは、恐怖と興奮が増長したため目から涙があふれ出した。ドイツ族のブリクサの涙はビールだ。涙は、シュワシュワと勢い良く発泡しながら目から流れ出す。ツンとアルコール臭がした。

「ブリ!泣くな!まずいっ」

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ケロミが叫ぶより早く、アルコールの大人の匂いに引き寄せられ、中2病に感染した生徒たちがブリクサの回りにフラフラと集まってきてしまった。ブリクサは、あっという間に取り囲まれた。感染生徒達の円の中心に呑まれていくブリクサからの「ケロミチャン…タスケテ…」という声がむなしく小さく聞こえた。そして、手旗信号しか見えなくなり、そして、それもすぐに呑まれて消えた。中2病の生徒たちはブリクサを完全に取り囲み、まるで大きな丸いまんじゅうのようである。具はブリクサだ。ブリクサまんじゅう。なんだかまずそうだ。

とにかく、ブリクサが感染生徒に接触してしまっているのは確実だ。ケロミは助けようかと少しは思ったが、まんじゅう生徒達が汗臭そうだし、自分は感染したくないし、とにかく何だかもういくら頑張っても無理そうなので助けるのは止めた。仕方なし。許せブリクサ…。

ケロミが多少の罪悪感を感じていると、しばらくして、ブリクサがいるらしい輪の中心部から「ゾズ~ン、ブイ~ン」という奇怪な音が聞こえてきた。明らかに口から発している重低音である…。嫌な予感がする。

そして、囲んでいたまんじゅう生徒の輪がパカリと桃太郎の桃のように美しく左右に分かれた。割れたまんじゅう、モーゼの道からエアベースをかき鳴らすブリクサが現れた。現れてしまったのだ…!

「またせたなっ!ベイべー!」

まんまと中2病に感染しエアベース症状を発症しているブリクサを、ケロミは呆然と見つめていたが、ハッと我に返った。

「やばいぞっ!ダイスくん!」

ケロミは、後ろにいるダイスくんを振り返って叫んだ。だが、時既に遅し…。ダイスくんは、6つのマスクを自ら全部はずし、完成度がとても低い奇妙なブレイクダンスを踊っている。

「ダイス君もヤラレタ…」

カクカク踊りまくるダイス君だけではなく、気がつくと、クラスでマスクをしているのはケロミだけとなっていた。

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「なんたることだ…」

ケロミは大いなる衝撃を受けた。

ブリクサはケロミなど眼中にないようでエイトビートを刻みながら(しつこいようだが、もちろん口で)、エアギタリスト達がいる方へとさりげなく近づいていった。

これでバンドメンバーが揃った。ケロミは悪寒を感じた。

「いや違うまだだ…。肝心のボーカルがいない」

中2病の主な症状は「少し背伸び」である。「思いっきり背伸び」ではない。フロントマンであるボーカルは、明らかに目立ち過ぎだ。中2病感染生徒たちが、二の足を踏むのは道理にいっている。

とそこに、クラス前方の扉を開けるガラガラという聞きなれた音が響いた。紛れもなく、これは担任の発光米(はっこうまい)先生がドアを開ける音だ。

ケロミは救世主の登場を「助かった…」と安堵したと同時に、その気持ちは無残にも打ち砕かれた。

「そこンとこシクヨロ!」

担任の発光米先生が絶叫しながらムーンウォークで教室に入ってきた。シャチホコ型リーゼントをしている。色白だった米粒型の顔面は見事なガングロだ。明らかにおかしい。真面目なササニシキだった先生が……!

「あぁ、先生まで感染している…」

ケロミは、先生の右手に握られた金色のマイクを認め、さらなる絶望を感じるのであった。

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マスクと中学生(3)に続く

次回もお楽しみに!