あるバイト(1)

美しい薔薇にはトゲがあり、美味しい餅にはカロリーがある……。

そう、餅は人を太らせる。むろん、食べ過ぎた場合に限るのだが。しかし、美味な餅ほど食べ過ぎるのは仕方がないことであろう。そんな美味しい餅の摂取過多によって太ってしまったケロミとダイス君であったが、彼らは、若さ溢れる熱意のダイエットで念願の美しいボデェを手にいれることができた。ケロミは健康的な中2体型、ダイス君はマッチョな中2体型だ。美人山ダイエットセンターのお陰である。しかし、ケロミ達には減ったぜい肉の代わりに増えたものがあることを忘れてはならない。増えて嬉しくないもの……それは「借金」である。ダイエットセンターでの受講料が未払いなのだ。中2割引がきいたといえども、中2のケロミ達にとってはそこそこの大金。さらに、オモッチーランドでオモッチーナグッズを買い漁ったため、小遣いの前借りまでもしている状況だ。当然、貯金などない。

負債を抱えた中学2年生……、悲惨な匂いがするし、ダメな大人への階段を一歩上がってしまったような気もする。つまりは、ビーバップなジュニアハイスクールでヨーラン背負ってリーゼントなツッパリ・ロケロンローなわけだ。

そんな負債中学生ケロミの家に、「どすこーい」と今日も相撲取りがやってきた。3日連続だ。リズミカルな低音の地響きでそれとすぐ分かる。

彼らは遊びに来たわけではない。もちろん巡業でもない。彼らは取り立てに来たのである。柔和な風体である反面、力士としての重厚な風格を併せ持つ彼らは取り立て要員としては申し分ない。バッチリでグー。

四股を踏みながらやってきた取り立て人は3人。大中小と体格順に一例に並んで向かってくる。大力士は関脇、中力士は前頭、そして最後の小力士は、ケロミも知っている顔だった。イガグリ頭にエクボの少年。そう、例の見習い君である。3人の力士は、ケロミ宅の門前に横一列に並んだ。大きな力士の関脇が野太い声を出した。

「ケロミ殿、ダイエットセンターへの借金返済日を過ぎているでごわす」

そして、3人揃ってドスンと1回四股を踏んだ。

「早急に返済をお願いするでごわす」

中くらいの力士の前頭が言った。また、3人揃ってドスンと1回四股を踏んだ。

「返すでごわす」

最後に小さな力士、見習い君が言った。そして3人揃ってひときわ大きく1回四股を踏んだ。地が揺れるように思われた。しかし、それはケロミが震えただけかもしれないのだが……。

取り立ての口上はとても丁寧であるが、相撲取りなだけ迫力がありビビる。ビビりまくる。略するとビビマである。威圧感が尋常ではないのだ。それにしても、大仰な取り立てなのは否めない。なぜなら、ケロミの借金は8000円。中2にとっては大金だが、一般的な額にしては、微々たるもの。明らかに物々しい取り立てだ。(あとで、美人山に聞いたところ、1円でも1億円でも、1日遅れでも100年遅れでも、借金は同じ取り立て方をする平等主義だそーです。)

取り立て人の3人の相撲取りは、それぞれ1回ずつ取り立て文句を述べただけで、元の寡黙な相撲取りに戻り、意外にあっさりとクルリと後ろを向いた。そして、元来た道を四股を踏みながら戻っていくようであった。ケロミが、その様子をビビマで見ていると、最後尾で四股を踏みながら進む見習い君は去り際に、

「これも修行でごわすから……」

と目を伏せ切なそうに言った。

ケロミは、

「み、みならいくん……!」

とすがってみたが、見習い君は歯を食い縛り下を向いている。あの見習い君にまでつれない態度をとられるとは……。しかし、見習い君は前を歩く先輩力士が見ていない隙に、マワシの中から一枚の紙を取り出し、ケロミの方に向かって、さりげなく落とした。そして、何事もなかったように四股を踏み行ってしまった。ケロミが見習い君が落としていった生暖かい紙を拾おうとした時に、

「見てたわよ」

と背後から声がした。ケロミの母、サニ江である。太陽型の頭巾を被ったサニ江は、玄関のドアで腕組みをしてこちらを向いていた。

相撲取りの派手な取り立てのお陰で、ケロミの母にも借金がばれてしまったのだ。ケロミは咄嗟に、

「お母たん、お金貸ちて( ´▽`)」

と出来る限りのかわいい顔をして、赤ちゃん言葉で甘えてみた。バブバブ大作戦で母の母性本能に訴えたのだ。だが、それは逆効果であった。

母サニ江は、

「アルバイトをして返しなさい(`_´)」

と怒り心頭な様子。太陽頭巾がメラメラと燃え上がるように波打った。

「だって、ネ子ねぇやウサねぇもお金貸してくれないし、頼みの綱の鷹蜜の豚の貯金箱は、周りにびっちり虫の卵がついていて気持ち悪くて触れないし…。あいつわざとだよ!」

ケロミは、無駄だとは思いつつ、母に懇願した。

「自分で作った借金は自分で返しなさい」

サニ江のメラメラと波立つオレンジ色の頭巾が、さらに赤みを増した。明らかに怒っている証拠だ。サニ江は、片方の口の端を少し上げ、そして言った。

「うちのシメさば工場でアルバイトすればいいわよ」

「時給いくら?」

「10円よ」

「ヤだ!」

「ケロミのアルバイトなら10円でも高いわよっ!」

そういえば、以前、ケロミが家業のシメさば工場でアルバイトをしたとき、作業しながら食欲に耐えきれず売り物のシメさばを大量に食べてしまって、大変な赤字になってしまったことを思い出した。

頭巾の色を燃えるような赤に染めたサニ江は、

「ちゃんと返しなさいよ!」

と言い捨て、ドアをバタンと鳴らして家の中に入っていった。

「ちぇっ、なんだよ」

サニ江がドアの中に消えるとケロミは深いため息をついた。時給10円で働いた場合、借金の8000円分を稼ぐのには、800時間かかる。24時間働いたとしても、33日以上かかってしまう。家業のアルバイトは、シメさばのつまみ食いを止めれば時給800円くらいにしてもらえるはずだが、食べ盛りの中2のケロミには、つまみ食いをやめる自信はなかった。ケロミは独り煩悶した。

「おおーい!ケロミちゃーん」

そこにダイス君が、マッチョの筋肉をモリモリと動かしながら走ってやってきた。

「ケロミちゃんちにも相撲取りの取り立て、今日も来た?」

「今来たよ……」

「僕さぁ、バイトすることにしたよ」

ダイス君は、あっけらかんとして言った。

「私もやらなきゃなんない感じ……。ダイス君は何のバイトするの?」

「さっき見習い君が落としていってくれた求人チラシに書いてあったモデルのバイトだよ」

「モデルのバイト!?」

「うん、美大受験予備校のヌードデッサンモデルだよ。応募条件が『筋肉マッチョ体型』だから、僕にぴったりでしょ?」

「おぉっ!して、時給は?」

「ナント!2000円!」

ダイス君は鼻(らしき場所)を鳴らした。

「すご~い!」

「12000円の借金も6時間でかせげるよ。でもヌードなんて照れるな……」

赤い目を向け照れるダイス君にケロミはすかさずツッコミをいれた。

「いつも全裸やん!」

「……あ、そっか」

ケロミはダイス君の筋肉を改めて見た。これが、時給2000円を稼げる肉体か……。ケロミは羨望の眼差しだ。だが、……何かが足りない、確かにとっても素敵な肉体をしているが、これでは時給980円がいいところ……。ダイス君の筋肉の盛り上がりを見つめていたケロミのカエル頭巾がピクリと動いた。グンバツなアイディアが閃いたのである。

「ちと待ってな。ダイス君をさらにかっこEモデルにしてあげる!」

ケロミは、家に入り何かを手に持って出てきた。

「いやぁ~、ウチにはこれしかなかったよ。まぁいいよね」

とケロミは、持ってきた瓶に入った液体をペタペタとダイス君の筋肉に塗り始めた。

「ケロミちゃん!僕の筋肉がツヤツヤになってチョーかっこE!だけど……臭うよ……?」

ダイス君のモリモリ筋肉は、ツヤツヤに輝いている。銀座和光のショーウィンドに並べられそうな高級感がある輝きだ。これで時給980円から2000円に一気に昇給だ!

「うん、胡麻油だから」

「えぇっ!せめてオリーブ油にしてよ!……と、面接の時間だ!とにかく、ありがと!もう行くよ!」

ダイス君は、胡麻油で全身をベタベタにしながら、急いでチラシ片手に行ってしまった。

残されたケロミは、時給2000円の肉体を見送りながら、胡麻油でべとつく手を拭こうと無意識に落ちていた紙を拾った。紙は胡麻油まみれの手に吸い付いた。

「あ・これ、見習い君が落としていったチラシだった……」

ケロミは、そのアルバイト募集の求人チラシを広げてみた。赤く大きな文字で「急募」と書いてある。

「……『短期臨時ペット募集』?」

職種は「ペット」であった。先を読み進んだ。

「なになに、『応募条件はカエルに似た方』」

ケロミのカエル頭巾がピクリと反応した。

「……時給は……『2200円』……!……おっしゃー!」

ケロミは、胡麻油を玄関に転がして戻し、面接会場へと全速力で走っていった。

「ケロミー!胡麻油をちゃんと元の場所に戻しておきなさいっ!」

と後方から母サニ江の怒声が響いてきた。

★★あるバイト (2) に続く★★


浅羽容子作「シメさばケロ美の小冒険」第12回、いかがでしたでしょうか?

美しい薔薇のトゲ、胡麻の香りのヌードモデル、そして臨時ペット!?不穏な予感満載です。次回もどうぞお楽しみに!

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