あるバイト(3)

(このお話は「あるバイト(1)」「あるバイト(2)」の続きです)

そして、ケロミは、静田さんを抱えたまま居間へ向かった。

居間の低いふわふわソファに静田さんを下ろすと、ケロミは、静田さんの指示通り、休憩兼歓迎会のお茶の準備をした。

「ケロミ君、クッキーは戸棚の中段に入っているから。持ってきてくれたまえ」

「はい」

ケロミは言われた通りに、クッキーとお茶を用意してソファに持ってきた。

ソファの上にいる静田さんは、尻尾を振って待っていた。

「お待たせしました」

ケロミは、お茶とクッキーをテーブルに置き、ソファに座った。すると、静田さんは、当然のようにケロミの膝の上へ……。膝の上でケロミを見つめる顔はとてつもなくかわいい(*^O^*)!ケロミの奥底に隠れている母性本能が引き出され、否応なしにくすぐられる。

「わん」

そんなかわいい顔で何度も「お手」をしてくるから、もー堪らない。ニヤニヤしながら見つめるケロミに、静田さんは何度も切な気にお手をしてくる。

「ケロミ君!ほらっ、『あれ』!『あの言葉』だよっ!」

静田さんは、じれったそうにケロミを上目遣いに見て催促した。ケロミは徐々にこの仕事のルールが分かってきたが、さすがに上司に『あれ』はまずいだろっ……と思ったが、思い切ってやってみることにした。

ケロミは、まず静田さんを膝からどかし、隣りに座らせた。そして、クッキーを左手の平に置き、静田さんの口元に差し出し、右手の平を静田さんの鼻先にかざした。

「おあずけっ!」

魔法の言葉だ。静田さんは、ピタリと口を閉じて動作を止めた。

暖かな居間に規則的な時計の音だけが小さく聞こえた。10秒ほど経った後、「おあずけ」とペアで使われるもうひとつの魔法の言葉をケロミは口にした。

「よしっ!」

このケロミの合図で、静田さんは美味しそうにクッキーをパクリ!

「わん」

食べ終わった静田さんは、舌を出しハッハッと嬉しそうな様子だ。そして、おもむろに左手でケロミを軽く叩くように触った。この動作は……そう「おかわり」である!

「わん」

ケロミは静田さんに乞われるままに、クッキーを差し出して「おあずけ」をした。そして「よし」でパクリ。何度か、この「おあずけ・よし・おかわり」のループ業務を遂行したあと、やっと満足した静田さんはケロミの膝の上で丸くなって言った。

「いやぁ、ペットというのは、自分の思い通りにしてくれていいもんだね。ケロミ君を雇って本当に正解だったよ。君は、ペット業が天職だと思うよ。うん、本当に素晴らしい」

「お褒めの言葉、恐縮ですっ」

「さぁ、遠慮せず君もクッキーを食べたまえ」

「いただきますっ!」

ケロミは、膝の上の静田さんを片手で撫でながら、クッキーを口にした。

「んまっ!美味しいですね!」

「そうだろ?犬系種族に人気の『うなぎクッキー』だよ」

静田さんは自慢げに言った。

「うなぎエキス入りのクッキーさ。元来、うなぎと犬は相性が良いものなんだ」

「へぇ~」

「大昔に、うなぎと犬のハーフもいたという伝説もある」

「へぇ~」

ケロミはクッキーを次々と頬張りながら静田さんの話を聞いた。

「この家の電力は、電気うなぎ発電だし、大抵の犬族の家はそうだよ」

「へぇ~。クリ~ンな電力ですねぇ」

ケロミは適当な相槌を打ちながら、10個目のクッキーを口にした。暖かい日に居心地の良い居間でかわいい上司を膝に乗せて、美味しいおやつを食べる……なんて楽しいバイトなんだぁ!……と思っていると、14時を知らせる時計の鐘の音が鳴った。それを合図に静田さんは急にケロミの膝から飛び降り、二足で仁王立ちした。またもや偉そうなポーズだ。だが、やっぱり可愛いンですってばっ!(^∇^)ノシ

「では、休憩兼歓迎会は終了!次の業務を指示する!それは……」

「まてっ!」

ケロミは咄嗟に口走った。まだクッキーが2枚残っていたからだ。静田さんは、ケロミの言葉に反応し、フリーズしている。ケロミは1枚をすばやく自分の口に入れ、1枚を静田さんに差し出した。

「よしっ!」

静田さんは、嬉しそうに食べた。食べ終わると、また仁王立ちのエッヘンポーズをとった。

「ケロミ君は、機転がきく本当によいペットだ。では、本当に次の業務を指示する」

「はいっ!」

ケロミは、次の業務は、例の「あれ」ではないかと、ワクワクして静田さんの次の言葉を待った。

「次の業務は……『お散歩』である」

よっしゃー!きたきた!おビンゴである。ケロミは内心喜んだ。かわいいワンちゃんとお散歩なんて、超絶ウキウキウッキー!

「はいっ!了解です!」

静田さんは、ぽくぽくと二足歩行で、棚の前に行った。そう、静田さんは普通に二足歩行ができるのだ。もちろん、その他の動作も人間もどき族(ケロミは人間もどき族)と同様に全て可能である。

そして、棚の中から首輪2つとリードを一つ取り出した。首輪は大小2種類である。リードは、持ち手部分が紐の中央にあり、両端が留め金になっている。改良されているもののようだ。

「うーん…。ケロミ君なら3M犬サイズでいいかな。ちょっと屈んでくれたまえ」

静田さんは、屈んだケロミの首に赤い首輪をつけた。

「え?私が首輪を着けるんですか?」

「当たり前だろ?ケロミ君はペットじゃないか」

意外な展開に戸惑うケロミ……。思っていたルールと違うではないのか……?ケロミが装着された赤い首輪を触って戸惑っている様子を気にすることなく、静田さんは青い小さな首輪を手にした。

「こっちの青い首輪は私のだ」

静田さんは自分の首に、手際よく青い首輪を装着した。そして、自分とケロミの首輪に、先程のリードの両端を取り付けた。2人が一つのリードで繋がった状態である。次に静田さんは中央の持ち手をケロミの手に持たせ、自分は四つ足で立ち、ぶるりと一回、全身を振るわせた。

「ウム、思っていた通り、いい具合だね」

「はぁ……」

「では、レッツラゴー!」

ノリノリで尻尾を振る静田さんはケロミをグイグイと引っ張った。二人は、家の外に出た。お散歩業務スタートだ。

四足歩行の静田さんと二足歩行のケロミは、暖かな住宅地をのんびり歩いていった。蝶々族のカップルがいちゃついて飛んできて二人には目もくれずすれ違った。静田さんは道端の草の臭いを丹念に嗅ぎ、臭い付けでシャーと立ちションをしている。

のどかな午後のひとときである。

ケロミは、「私まで首輪をつけられたけど、普通の散歩だなぁ~。楽しいなぁ~」と、リードを持ちながら思った。静田さんが、四足歩行で楽しくわんわんと散歩している姿を見ると心がふんわりと和んでくる。時折、リードから伝わる引っ張る力も程よく心地よい。

しかし、しばらくすると、静田さんは嗅いでいた草から顔を上げ、クンクンと鼻を動かして風の臭いを嗅いだ。そして、垂れ耳の根元部分がピクリと持ち上がった。静田さんの全身の毛に緊張感が走るのが見てとれた。

「どうしたんですか?」

「……」

ケロミの問いに答えることなく、静田さんは四足歩行を止め、後ろ足二足でスクッと立ち上がると、素早い動きでケロミの持っているリードの持ち手を奪った。

驚くケロミに追い討ちをかけるように静田さんは新たな業務指示を発令した。

「ケロミ君、四足歩行になりたまえ!今すぐ!早く!」

静田さんに急かされ、ケロミは四足歩行になるべく四つん這いになった。それと同時に、前方の角から、買い物バックを持った鮫族の中年女性が現れた。

「あら、静田先生こんにちは。今日は休診日ですか?」

女性は、静田さんとケロミの早変わりを危機一髪で見ていなかったようで、何も違和感を感じていない様子だった。

「あぁ、二丁目の鮫肌さん。こんにちは。えぇ、そうです。今日は静田歯科医院は臨時休業なんです」

「あら、そうなんですね~。ところでカエルの散歩ですか?お飼いになったんですね」

「いえいえ、知人から預かったペットです」

静田さんは冷静に対応した。ケロミは、「はは~ん」と事情を察した。模範アルバイターとしては、機転をきかせなくてはならん!ケロミは、四足歩行のまま草を嗅いだり、静田さんにお手をしたりして自ら「ペット感」を出すことに全力で努めた。

「かわいいケロちゃんですねぇ」

女性に頭をなでられた。誉められたケロミは満更でもない気分だ。女性は、「では」と言い会釈をして去っていった。

「危機一髪!ケロミ君!よくやった!」

静田さんは鼻の頭にかいた汗を拭った。

「近所の人ですか?」

「そうだ。私の患者でもあるがね」

「静田さんて歯医者さんだったんですね」

「そうだ歯科医だよ……」

静田さんは、話しながら前方から吹いてくる風の匂いをしきりと嗅いでいだ。

「匂いからすると、しばらく誰にも会わなそうだ……」

静田さんは、ようやく落ち着いた様子になった。

「ではチェンジだ」

業務指示だ。四足歩行していたケロミは立ち上がりリードを持ち、代わりに静田さんが四足歩行となった。

静田は、再び草むらの匂いを嗅いだりして散歩を堪能している。二人は、のんびりと散歩を楽しんだ。時間がゆっくりと流れているようであった。すれ違うのは蝶々族や蜂族で、二人のことなどアウトofガンチューな者ばかり。

「さぁ、そろそろ帰ろうではないか」

散歩を充分楽しんだ静田さんから帰宅の指示が出た。

ケロミと静田さんは、静田家へと帰路に就いた。

静田家の門が近付いてきた。しかし、何やら違和感がする。そう、出ていった時と違うのだ……。閉めてきたはずの門扉が少し開いている。

「あれ……?」

ケロミはたじろいだが、静田さんは、心持ち興奮した様子で、無言でケロミを引っ張って門の中へ入っていく。さらに、引き戸の玄関は半分開いたままで、中から、何やら声が漏れて聞こえてきた。

ケロミは、「空き巣か!?もしくは、やはり私『見えちゃう体質』になったのかも…」と思いながら、静田さんに引っ張られていった。

「南無三……!」

ケロミはつぶやいた。

★★あるバイト (4) に続く★★


浅羽容子作「シメさばケロ美の小冒険」第14回、いかがでしたでしょうか。

謎のバイトの勘どころを早くもつかんできた様子のケロミですが、靜田家で待ち受けているのは一体……?次回もどうぞお楽しみに!

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