第15回 あるバイト(4)

(このお話は「あるバイト(1)」「あるバイト(2)」あるバイト(3) の続きです)

玄関の引き戸を静田さんは、器用に四足歩行のまま開けた。ケロミは否応無しに強く引っ張られて家の中に転がるようにして入った。

「わん!」

静田さんが大きく吠えた。

すると、居間の方から軽やかに床を蹴る音とジャラジャラと何かが鳴る音が混じって聞こえてきた。

「わん!」

「わん!」

「わん!」

廊下から現れたのは、シーズー族の赤ちゃん達!3人もいる!皆、色違いのよだれかけをつけて、オシャブリをくわえ、ガラガラを持っている。おぼつかない二足歩行で、一生懸命走ってくる。ふわふわのムクムクでちっちゃくってスペシャルに可愛い(≧ω≦)

静田さんは、尻尾をブンブン千切れんばかりに振っているが、赤ちゃん達も、負けじと小さな尻尾を振っている。静田さんにじゃれついて離れない。

キャンキャン・ジャラジャラ・わんわんと、犬騒音……否、大騒音である。

ケロミが、リードを握ったまま呆気にとられていると、ハツラツとした女性の声が廊下の奥の台所の方から聞こえてきた。

「あらあら、子供達、騒ぎ過ぎよ!ダメじゃない!」

声の方に目を向けると、シーズー族の女性がエプロンの端で手を拭きながら現れた。頭部の長い髪を小さくまとめて小さなピンクのリボンをつけている。

「あら、あなたは……!?」

そのシーズー族の女性は、ケロミを見つめて首を少し傾げた。そして、ケロミの首輪、リード、静田さん首輪と順に視線を移した。すぐに事情を察知したらしい。キッと目尻を上げると、赤ちゃん達と無邪気にじゃれあう静田さんに怒鳴った。

「あなたっ!また犬っぽいことしてたわねっ!」

静田さんは、その声を聞くとハッとして動きを止め、尻尾を思いっきり下げた。(尻尾というのは感情が駄々もれで、時として厄介なものなのデス……(の_の))

「イヌヨ、す、すまん……」

「あなた、私が里帰りしている隙に!」

「すまん……つい、バイトを雇って犬三昧を満喫してしまった……。でも安心してくれ!私が雇ったのは私のペットだ!な、なぁケロミ君?」

静田さんは、ケロミに助けを求めた。

「そうです。私、短期臨時ペットとして雇われました!シャンプー業務、おあずけ業務などペット業を遂行しました!」

ケロミは背筋を伸ばした姿勢になり、模範アルバイターとして、業務報告を行った。静田さんの奥さんのイヌヨは、そんなケロミを正面から見据えた。

「そう……ケロミさん。……では、「おあずけ」と言ったのはどっち?」

「私です!」

ケロミは即座に快活に答えた。しかし、

「きゅーん」

と言って、丸まって小刻みに震える静田さんを見て「しまった!(> <;) 」と思った。が、もう後の祭りだった。

「やっぱり!」

「ご・ごめん、イヌヨ!」

静田さんはプルプルと震えている。奥さんは、エプロンのポケットに手を突っ込みながら、ズシズシと静田さんに歩み寄った。可愛いくせに迫力満点だ。そこに、3つ子の赤ちゃん達が静田さんをかばうように立ちふさがった。

「わわんわわわわん!(パパを許してわん!)」

「わわわんわんわん!(パパ悪くないわん!)」

「わんわわんわわん!(パパ優しいわん!)」

子供達は、オシャブリをしゃぶったまま必死にわんわん言っていた。

イヌヨは、子供達の抵抗を気にすることなく、静田さんの前で、エプロンのポケットに入れた手を勢いよく引き出した。

「犬パンチだ!」

皆がそう思った。

静田さんは頭を抱えてイヌヨの犬パンチを防御する姿勢をとった。……が、エプロンのポケットから出された手には、意外なモノが……。奥さんは、それで静田さんの頭を軽くポンポンと2回叩いた。

叩かれた静田さんは、衝撃のあまりの軽さに意表を突かれ、恐る恐る顔を上げた。そして、自分を叩いた「モノ」を見た。

「ケロ太だ!」

歓喜の声をあげた。奥さんが手に持っていたモノは、古いカエルのヌイグルミだった。静田さんは、目を輝かしている。

「はい、あなた、どうぞ」

奥さんからカエルのヌイグルミのケロ太を渡されると、静田さんはそれをぎゅっと抱きしめた。強く強く抱きしめた。赤ちゃん達は、ガラガラを鳴らすことも忘れ、じっとその様子を眺めていた。

「ケロ太……」

静田さんは、ケロ太の匂いを嗅ぎ、その古びた布製の顔をペロリとひと舐めした。そして、ゆっくりと静かに、ケロ太を玄関の棚の上に大切そうに置いた。

その後、静田さんは、自分を見つめる3つ子の子供達を、ギュッと優しく強く抱きしめた。3人の子供達は、我に返ったように、喜びのガラガラを一斉に鳴らし始めた。

「優しい子供達、ありがとう」

静田さんの目から涙が溢れた。

「イヌヨ、すまなかった……。私が、ケロ太を手放さず、犬っぽいことばかりして……」

「仕方ないわよ……。あなたは、犬族の中でも、とびきり犬遺伝子が強いのは分かっていたから……。貴方は良い父親よ……」

抱きしめられた子供達は、ガラガラを鳴らすのを止め、静かに静田さんの涙を舐め始めた。

「子供達よ……すまん……わん…わん……」

静田さんは、わんわんと泣いた。

大団円の様相になったところで、奥さんが、ケロミが家族の愛憎劇を目の当たりにして、居心地悪そうにしていることにやっと気がついた。

「ケロミさん、悪かったわね。まぁ、さっさと首輪など取って、中に入ってちょうだい」

「は・はい……」

ケロミは首輪を外し、ついでに静田さんの首輪も外した。ひとしきりわんわん泣いた静田さんは、落ち着いたようで、照れ臭そうにしていた。

「ケロミ君、何だか恥ずかしいところ見せちゃったね」

そう言いながら、ピンク色の舌をペロッと出した。そして、3つ子の鳴らすガラガラ音と共に、皆で居間へと移動した。

「ケロ太は、私が小さい頃からのお気に入りのヌイグルミでね」

奥さんの淹れてくれたホットココアを飲みながら、ケロミは静田さんの話を聞いた。3つ子達が早くもケロミに慣れ、カエル頭巾の上に乗ったり、膝に座ったりしてじゃれついてきた。(かわいさ、メガトン級だぜ!▽・ω・▽ )

ケロミは3つ子達をあやしながら、静田さんの語りに耳を傾けた。

「子供が生まれてもケロ太を離さない私にイヌヨが怒ってしまってね。しばらく実家に帰ると言って、子供達と行ってしまったのだよ。その時、ケロ太も持っていってしまった」

「ほほう」

「で、私も腹を立ててね。子供の面倒も見ているし、仕事もちゃんとしている。ただ、ケロ太を離さずにいることと、それと、他の犬族よりも犬っぽいことが好きなことが欠点なだけだ。なのに、なぜこんなに怒られなくちゃならないのかと……。破れかぶれの気分になり、イヌヨ達がいなくなった後、思いっきり犬っぽく過ごしていたのだ。次第に、それが度を越して、今までやれなかったさらに犬っぽい事を存分にしようという気になってね。ペット業のバイトを雇うことにしたんだよ。ケロ太似のね」

「そうだったんですね……」

「たまに犬族の中に現れるのだが、私は犬遺伝子が強いのだよ」

静田さんは、目を伏せた。静田さんの苦悩が少し伝わった気がした。お茶菓子を持って来た奥さんが、器用に尻尾で優しく静田さんの背中を撫でた。

「犬……遺伝子ですか……」

ケロミは、赤ちゃん達をあやしながら呟くように返答した。

「ケロミさんには、悪いことしたわね」

静田さんの奥さんがウナギアイスをケロミに勧めながら言った。

「いえいえ、かわいいワンちゃん……いや、優しい静田さんに雇われて助かりました」

ケロミは、静田さんがケロミを雇った理由を語ってくれたので、自分がアルバイトをする経緯、ダイエットセンターの借金の一件の話をした。

「美人山なら、何度か歯の治療をしたことがある。ダイエットセンターは、なかなかハードだと聞いたが、ケロミ君はガッツがあるんだね」

「そうよね。しかも、自分で働いて借金を返済するなんて、よくできた中2ね」

静田さんと奥さんは、ケロミを褒めてくれた。ホメホメわんわん達である。ケロミは照れた。(//∇//)

「……うん、そうだな。ケロミ君には、よく働いてもらったから、奮発しないとな。バイト料を」

ケロミのカエル頭巾がピクリと動いた。

「……!」

「勤務時間は、2時間だが、借金分の8000円を給料で出そう」

「ありがとうございます!」

喜ぶケロミに、赤ちゃん達は、再びガラガラを鳴らしてお祝いしてくれた。

お茶とお菓子をいただき、子供達とも十分遊んで数時間も楽しんでしまった。8000円の日当が入った給料袋を押し抱き、ケロミは帰宅することにした。

ケロミは、なついてくれた赤ちゃん達がケロミをグイグイ引っ張り、引き止める仕草に後ろ髪を引かれる思いだ。

静田家の玄関に立ち、すっかり仲良くなった静田ファミリーに向かってケロミは言った。

「また、来てもいいですか?」

「もちろんだよ!ケロミ君はおあずけ業務もお散歩業務も全て完璧だったよ!」

静田さんが言うと、間髪入れず、奥さんがピシリ!

「ケロミさん、ペット業ではなく、お友達として来てちょうだいね。たまにベビーシッターのアルバイトも頼むかもしれないわ」

「ありがとうございます!」

ケロミは、感謝の気持ちを込め、深々と一礼をした。そして、赤ちゃん達に「わんわわん!(また来てね!)」と手を振られながら、アルバイト先であった静田家を後にした。

……するとすぐ、後方から、静田さんと奥さんの喧嘩する声が聞こえてきた。

「イヌヨ!ケロミ君をまた雇ってもいいじゃないか!たまには、犬っぽいことさせてくれよ!」

「あなた!良い加減にしないさいっ!」

「ウー!」

「ガルルルル!」

ケロミは、静田さんと奥さんの夫婦喧嘩を聞きながら、「夫婦喧嘩は犬も食わない」という太古の諺を思い出した。そして、手に移った微かなミントの香りを嗅ぎながら、夕暮れの中、家族が待つシメさば家へと足を早めるのであった。

(あるバイト/完)


浅羽容子作「シメさばケロ美の小冒険」第15回、いかがでしたでしょうか。

「あるバイト」のお話は今回で完結です。次回は、番外編「暴風雨サロン」企画記事です。

「暴風雨サロン」とは、ホテル暴風雨の執筆陣が同じテーマでそれぞれ書くという新企画。記念すべき第1回のテーマは、怪奇と不条理の大人の絵本、エドワード・ゴーリー作「優雅に叱責する自転車」。なんと浅羽容子さんの推薦で課題作となりました。

といっても、本コーナーはふつうのの「書評」ではなく、ケロミの登場する、「優雅に叱責する自転車」へのオマージュ作だとか……?次回、ケロミwith エドワード・ゴーリー、どうぞご期待ください!

「暴風雨サロン」についての詳細、公開済みの企画記事についてはぜひこちらをご覧ください。

<暴風雨サロン担当者よりのごあいさつ>1冊の本、1本の映画、1人の人物などにスポットを当て、ホテル暴風雨の執筆陣がそれぞれ勝手に料理する「暴風雨サロン」が始まります。記念すべき第1回の俎上にのせるは怪奇とナンセンスの絵本作家エドワード・ゴー

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