第19回 メゾン・ド・アングラ(3)

(このお話は「メゾン・ド・アングラ(1)」 、「メゾン・ド・アングラ(2)」の続きです)

ケロミとダイス君は、ドリル氏の部屋を興味深げにゆっくりと見て回った。そっと、飴色の家具に触れてみると、染みついた暖炉の暖かさが微かに指から伝わった。

ドリル氏は、口を半開きにしながら熱心に部屋を見て歩く二人を静かに微笑みながら見ていた。

「私の部屋を気に入ってくれたのかな?ほほほ……これは、私の趣味でね。アンチークに仕上げてある。私は、メゾン・ド・アングラの管理人だが、オーナーでもあるので全て好きなようにできるのだよ」

「そうなんですか!」

「素敵だなぁ~」

ケロミは、大きな金庫の扉に触った。暖炉が隣にあるのにも関わらず、金庫だけはケロミを拒絶するかのように冷たかった。中央部にある物々しいダイアルが、禁断の扉であることを主張している。咄嗟に金庫から後退りするケロミを見て、ドリル氏が言った。

「その金庫については、後で教えてあげよう」

そして、間仕切りがない隣部屋のキッチンに行き、暖かいロイヤルミルクティーを淹れ始めた。

ダイス君は、草花モチーフの彫り物で縁取られた飴色の陳列棚を見ていた。ガラスの中には、数々のトロフィーや盾や賞状や、何か分からない器具や部品や設計図やらが並んでいる。ダイス君はドリル氏に尋ねた。

「ドリルさん、この中にあるトロフィーとかって何ですか?」

「それは、私の発明で賞を取ってもらったものだよ。発明品も一部飾っているよ。私は発明家でもあるのだ。このメゾン・ド・アングラの地下1階から地下5階までは、賃貸居室となっているが、地下6階から地下99階までは、私専用の研究室や倉庫などになっているんだ。このアパート自体、ドリル族の私が自ら掘って作成したものだがね。そうそう、君たちが乗って来た鶴マシーンも私の発明品だよ。楽しんでくれたかな?」

「もちろんです!」

二人は声を揃えて言った。鶴マシーンのぱねぇスリルと面白さを中2の二人はすぐに思い出した。へ(^o^ヘ)(ノ^o^)ノ

「すっごく楽しかった!」

「あんなものまで発明するなんて、ドリルさんってすごいなぁ~」

ケロミ達の感心した声に動じることなく、ドリル氏は同じ微笑みを崩さずにミルクティーを丹念に淹れていた。

ダイス君の視線は、陳列棚の中に並んだスマポで止まった。Oh!シマッタ!肝心なことを忘れていた!(>_<)

「あ、そうそう、これが忘れ物のスマポです」

ダイス君は、ずっと握りしめて人肌になったスマポをミルクティーとドーナツを運んできたドリル氏に渡した。

「あぁ、ありがとう。静田歯科で忘れたんだね」

「……それ、未発売の最新機種ですよね?」

ダイス君は、赤い1の目をドリル氏に向けている。

「そうだよ。というか、これも私が開発したものだがね」

「スゲー!ドリルさん、やっぱスゲーなー!ほんのちょっとだけ触らせてもらったんですけど、最高でした!……でも、ロックがかかっていて……」

ダイス君は、モジモジしながら、ドリル氏のスマポをチラチラ見ている。ドリル氏は、鉄製(ドリル氏の体は、約75%が鉄成分なンです)とは思われない柔らかい表情で、スマポの画面をぽぽんとタッチしてから、ダイス君に差し出した。

「ダイス君、解除したよ。好きなだけ操作していいよ」

スマポを受け取ったダイス君は、

「うっひょー!ドリルさん、ありがとうございます!」

とすぐに、「うわっ、すっげっ!」「もはっ、最後まで聞こえる!」と感嘆の声をあげながら、スマポの操作に夢中になってしまった。ケロミは、部屋の様子を一通り見終わって、手持ち無沙汰になってしまったので、ダークグリーンのビロードのカバーが敷かれたアンチークソファーに座りながら、出された甘いミルクティーをコクリと飲んだ。治療中の歯に少し沁みたような気がして、思わず頬を押さえた。

「ケロミちゃんは、歯の治療中なのかな」

「そうなんです。虫歯が97匹もいたんです。トホホなんです」

ケロミは、トホホ顔で、もう痛くもない頬をいかにも痛そうに撫でた。

「私は、今日は静田歯科医院で定期検診だったんだよ。ついでに、私が発明した超高性能無痛ヤットコを納品にいったら、静田が喜んでくれたよ。そうそう、静田夫妻も昭和が丘中出身だよ。私の同級生だ」

ドリル氏は、鉄製のボデェを微かに軋ませながら、ケロミの正面の柔らかいソファに身を沈ませた。優雅な手つきでティーカップを持ち、ミルクティーを口にした。口の上の髭がミルクティー色に染まった。

「静田先生って変わっているけど可愛くて面白いですよね。イヌヨさんは憧れの女性です(*^_^*)」

ケロミは、金メダル級のかわいさの静田一家を思い出して、にんまりとした。

ドリル氏は、髭を白いレースのハンカチで拭きながら、ほほほ…と貴族的に笑った。

「静田もイヌヨちゃんも昔から全く変わらないよ。静田は個性的で猪突猛進…、いや、犬突猛進かな……?イヌヨちゃんは優しくてしっかりしていて昔からみんなの憧れの人だった」

その時、ドリル氏の言葉に相槌を打つかのように、暖炉からパチパチと音が鳴った。暖炉の火は、小さくなっている。

「地下100階は、とても落ち着くのだがね、寒いのだよ」

そう言うと、ドリル氏は、ゆるりと立ち上がり暖炉に近づいていった。

「私、地下100階なんて初めて来ました。ドリルさん、このアパートって何で地下にあるんですか?」

ケロミの問いに、ドリル氏は、暖炉の火の具合を確認しながら答えた。

「うん、確かに変なアパートだよね。だけど、地下の方が落ち着く種族もいるんだ」

「地上のポストの表札に書かれている人たち……ですね」

ケロミは、今でははるか頭上である地上にあった妙ちきりんな風景を思い出した。

「そう、ここの入居者は、ミミズ族にモグラ族などだ。この国には、太陽が苦手な種族もいるだろう?暗さや湿度を好むことは、決して悪ではないんだよ。ミミズ族など、日傘なしで出歩くと、すぐに干からびて死んでしまうしね。明るい、ということは、時には、人を傷つけることもある」

ドリル氏のアンチークな低音ボイスが、アンチークな部屋を満たしていった。

「他人に迷惑をかけなければ、自分のしっくりくる状態でいることが幸せなのだよ。とにかく多様性は認めないと」

ドリル氏は、ケロミの方を向いて、少し目を細めた。

ケロミは、メゾン・ド・アングラに足を踏み入れた時、足の下から伝わるものが、柔らかい暖かさだったこと思い出した。なるへそ、地下には、地下の幸せがあったのか!(*▽*)開眼~!

「どぼどぼどぼ~」

その時、威勢のいい水音がした。ケロミとドリル氏の会話など全く聞かずにスマポに没頭しているダイス君が、スマポから「1の目」を離さずに、ミルクティーを天に向いている面「3の目」に器用に流し込んでいたのだ。

ドリル氏は言った。

「サイコロ族の目が、口であり鼻や耳でもあるけど、やはり口でも鼻や耳でもなく、やはり目であるということも同じだよね。他人に迷惑にならない主張であれば、尊重するのも必要だ」

スマポに夢中のダイス君の「目」には何も聞こえない様子だ。「のひゃっ!松野芭蕉!奥の太道サイコー!」などとアホな独り言を連発し、悦に入っている。

ドリル氏はダイス君の無邪気な様子を見つめながら言った。

「多様性だよ」

「……そうですね」

ケロミとドリル氏に見つめられることを気にすることなく、ダイス君は、今度はドーナツを「5の目」でパクついている。

「ところで、私の氏名はドリル堀田だが、名字は何だと思う?」

「……え?『堀田』ですよね?」

ケロミは即座に答えた。

「ブブー!名字は『ドリル』だ。名前が『堀田』だよ」

「マジでっ!? ( ̄◇ ̄;)」

マジ驚くケロミにドリル氏は話を続けた。

「私の家はドリル家で、父は『ドリル佐々木』、母は『ドリル山田』、妹は『ドリル三木』なんだ」

「妹さんは『ミキ』……!?妹さんだけは、何かイメージできますぅ」

「先入観は時に人を裏切ることもあるのだよ」

ケロミは、カエル頭巾を痒くもないのにポリポリと掻いてみた。たよーせい……、そんちょー……、せんにゅーかん……何か分かったよーな、分からないよーな……。とにかく、ダイス君は目で食べ、目で聞き、目で嗅いでいるけど、どーでもいいことだから、ほっときゃいいってことか。(・3・) ケロミは、ドーナツを口に入れながら、万能の目を持つダイス君を初めて少し羨ましく思った。

「私は、地下が居心地よいのだ。ドリル族は、掘削が生き甲斐でね」

その時、また暖炉からパチパチという音が鳴りさらに火が弱まった。

「あ、いかんいかん。火が消えてしまう」

ドリル氏は、慌てた様子で、足早に、なぜか暖炉横の金庫前に移動した。そして、金庫の取っ手に手をかけた後、思い出したように、ケロミの方を振り向いた。

「ケロミちゃん、いいものを見せてあげるよ」

そして、ドリル氏は、取っ手を両手で手前に引いた。意外にも鍵はかかっていなかったようだ。重い扉が観音開きに開かれると、中からひんやりとした空気が流れて出てきた。

「なんスか!そこ!」

開かれた金庫の中は、広大な部屋のようであった。中央に真っ直ぐ道が伸びている。奥は光が届かず、その道がどこまで続いているのか分からない。そして、その道の左側には、札束らしきものがぎっしりと煩雑に積まれている。反対側の右側は本棚になっているようで図書館のように本が整然と沢山並んでいる。

「ドリルさんチ、忍者屋敷みたい!」

ケロミが声を出しながら、ドリル氏のそばに駆け寄った。

その騒々しさにやっとダイス君がスマポから顔をあげ、扉が放たれた金庫の内部を見た。

「どひゃっぱっ!」

ダイス君の素っ頓狂な声が金庫の奥へと響き渡っていった。

★★メゾン・ド・アングラ (4) に続く★★


浅羽容子作「シメさばケロ美の小冒険」第19回、いかがでしたでしょうか。

ドリル堀田さん、やはり地下100階まで自分で掘っていたんですね。

鶴マシーンも乗ってみたいけれど、「超高性能無痛ヤットコ」も素晴らしい。

ヤットコといえば、ホテル暴風雨0516号室にて大好評連載中「やっとこ!サトコ」へもぜひどうぞ!

スマポが欲しいよ〜!というかた、0419号室「ポエムで悪いか」でポエムるのもいいですよ。

メゾン・ド・アングラにはまだまだ謎がいっぱいあるようです。

次回もどうぞお楽しみに!

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