第23回 S.Sとシメさば家の秘密 (2)

このお話は、S.Sとシメさば家の秘密 (1) の続きです。

ケロミは、「純餅喫茶★どくきのこ」に入っていく鯖彦兄さんの後を追って入店した。

「いらっしゃーい」

ふわふわと飛びながら出迎えたのは全裸に三角布と前掛けを着用した天使族のウェイター。その後ろのカウンター内にはマスターらしき色白餅肌の女性がいる。巫女風な着物を着て、焼き餅を網ごと頭に乗せている個性派美人だ。ケロミを見ると「いらっしゃいませ」と言って微笑んだ。美人に滅法弱いケロミは、はにかみながら微笑み返した。そして、この美人マスターに毒々しいきのこを見せて熱心に説明しているのは、蝶ネクタイをつけ、ホテルのボーイのような制服を着た鳥系目白族の青年だ。店員ではなさそうなので、きのこの納品業者かもしれない。

店内には先客は一人。変装しているが鳥系の種族であることは明白である。自前らしきごま塩を何種類もテーブルに並べ、名物「毒きのこ餅」に振りかけて味わい、悦に入っているエキセントリックバードだ。(8)

怪しい店内に、鯖になった鯖彦兄さんが違和感なく溶け込んでいるのに安心したケロミは、天使ウェイターに促されるまま、鯖彦兄さんと同じテーブルの窓際の席に着いた。

先に席に着いていた鯖彦兄さんは、メニューを見て早速注文し始めた。

「毒きのこ餅と、毒きのこ餅ナポリタンと、毒きのこ餅うどん、毒きのこ餅ラーメン、毒きのこ餅パフェ、あと……

鯖彦兄さんの注文は止まらない。注文の合間合間に、「サバーン」という鯖彦兄さんのリズミカルな腹音が合いの手のように店内に響いた。

「兄さん、お金は……

「あるよ」

鯖彦兄さんは、メニューから目を外らさずに袋の中から小銭が詰まった透明ビニール袋を取り出してケロミに差し出した。一目で、合計1000円に満たない額であるのが分かった。

「あ、足りない分はケロミ立て替えといて」

ケロミは、バッグの上から財布を触った。すんごく嫌な予感がする……(*_*;)

鯖彦兄さんは、天才的シメさば職人ではあるが、その代わり、その他のことは無頓着なのだ。スーパーの袋がバッグで、透明ビニール袋が財布代わりなのは、昔からのこと。そう、お金に関しても大雑把なのである。

「あと、毒きのこ餅コーヒーもね。ケロミは何にする?」

鯖彦兄さんはふいに表情のない丸い魚眼をケロミに向けた。

「あ、じゃあ、毒きのこ餅パフェをミニで……

ケロミが一番安いスイーツを頼み、注文が終わると、鯖彦兄さんは、大きなため息をついた。ぶほーっと生臭い息がケロミにふきかかった。NoFish smell!なんたるなまぐささ!!(´Д|||)

「ケロミが分かってくれて本当に良かった……

鯖彦兄さんは、視線をテーブルに落として言った。

「鯖彦兄さん、今までどうしていたの?お父さんとお母さんは、『気にするな』としか言わないし……。私たち妹弟も、段々と兄さんのことはタブーのように感じるようになっていたよ。まさか鯖になっているとは……

ケロミは、丸い魚眼をじっと見つめた。

「何で消えちゃったの?」

生臭さに耐えきれず鼻をつまみながらケロミが思いの丈を吐き出し終わると、鯖彦兄さんは、アンニュイに胸ビレで頬杖をつき、もう一度ため息をついてから語り出した。

「僕が失踪した日に起こったことが原因なんだ」

ケロミは鼻にティッシュを詰めながら、鯖彦兄さんの言葉に耳を傾けた。

「その日は、忘れもしない3991444日だ。そして、今日は1644日、僕の誕生日。ちょうど半年前のことだよ。あ・そうそう、ケロミ、僕にプレゼントをくれるのは後日でいいよ」

店内に貼られたカレンダーを見ると、確かに今日は1644日、鯖彦兄さんの誕生日だ。鯖彦兄さんは、アンニュイ気取りのまま話を続けた。

「その日、僕は、大学の学食で好物のシメさば定食を食べたんだ。いつものように美味しく食べたさ。だが、最後のシメさば1切れを残して、全身が猛烈な痺れに襲われたんだ。意識がなくなってしまった。そのまま眠り込んでしまったらしい。気がつくと、学食には誰も居ない。夕暮れ時だ。目の前の皿は最後の1切れのシメさばと共になくなっていた。おそらく片付けられてしまったんだ……。目は覚ましたものの、とてつもない眠気と疲労感があってね。朦朧としながらトイレに行ったよ。眠気覚ましに顔を洗ったんだ。そして顔を上げると、鏡に映っていたのが……

「鯖らったの?」

鼻にティッシュを詰めたケロミは鼻声だ。

鯖彦兄さんは、首を縦に振った。

「うん。そうなんだ。この鯖の姿になっていたんだ」

ケロミは、すぐにあることを思い出した。そう父の教えを……

「兄はん……、まはか、『シメはばは決して残すな』というお父はんの教へに背ひたから……!?シメはばの呪いがかかってひまった……ろ?」

鯖彦兄さんは、一際大きなため息をついた。ぶほーっと。くさっ=3

「僕もそう思ったよ。そうとしか考えられないだろ?鯖に変身だぜ!?シメさば屋が、鯖に変身……、因果だよ……。このままの姿で家族に会えない、皆にも合わせる顔がない、大学にもいられない……。混乱した僕は、とりあえず放浪の旅に出ることにした。あてのない旅だよ……

そこに、注文した品が運ばれてきた。鯖彦兄さんは、反射的に魚になった口をパカリと開けた。しまりのないその魚口からは、どんどんとヨダレが垂れてくる。流れるヨダレも気にせずに、鯖彦兄さんは、胸ビレで器用にナイフやフォークや箸などを使い、それらをパクパクと食べ始めた。ケロミにも、注文した毒きのこ餅パフェ(ミニ)が来た。しかし、ケロミが嫌いなパイナップルが入っていたので、鯖彦兄さんの口にめがけて、それをスプーンで投げ入れてみると、パクリと器用にキャッチ。そして、数々の料理を貪りながら話を続けた。

「あてもなくふらふらしていたが、すぐに金が底をついた。しかも、どこに行っても鯖臭いと言われたよ。孤独なそんな時、街角で優しい猫族にバーに誘わたんだ。行ってみると、ビールが一杯10万円という超高級店でね……。払えないなら食材にならないかと、親切な提案もされたが、食材になるのは痛いから嫌だなぁーと思ったんだ。だから、臭い息を思い切り吹きかけ、気絶させて逃げてきてしまった。優しいバーの人々に悪いことをした……。」

また、ため息をついた=3

「その後、何人もの猫族の女性が僕を家に住まわせてくれた。その猫族の女性達は僕のことが食べたいくらい好きになってしまったらしい。とにかく大勢の猫族の女性達に言い寄られ、なんだかモテモテだったよ。猫族に……

猫族にモテたのがそれほど嬉しいらしいのか、モシャモシャ食べながら「猫族は皆僕を見ると目がハート形になってヨダレを垂らしたよ」「猫族の男性からも言い寄られた。性別を越える魅力が僕にはあるんだねぇ」とか脱線した話がしばらく続いた。

「でもさ、どんなにモテても心は満たされないんだよ……

鯖彦兄さんの魚眼から涙が流れ始めた。もちろん、食べることは止めない。

「僕を巡って喧嘩が絶えない猫族からそっと離れて、僕はオモッチーランドで、裏方のバイトをしたんだ。その時、ケロミ達を見つけたんだ。ケロミ達を見ると、途端に家に帰りたくなってね……。でも、鯖の姿のままだし……

食欲と涙とヨダレが止まらない生臭い鯖彦兄さん。自分の兄ながら、「なんかヤだなー」とケロミは思わずのけぞった。

と、ちょうどその様子をケロミの背後の窓から覗いていた鳥がいる。話に夢中になっていたケロミと鯖彦兄さんは、その鳥を気にすることなかった。しかし、それは鳥ではなかった。そう、鳥型頭巾の少年、ケロミ兄弟の末っ子の鷹蜜である。

趣味の虫採集をしていたところ、たまたまこの店の窓を覗いたのである。

「あれ、ケロねぇ……、一緒にいるのは巨大鯖……!?

食欲旺盛でヨダレを垂らす巨大鯖の前でのけぞる姉……。アニサキスをぴろぴろ鱗から出している下品な鯖はいかにも、姉をひと飲みにしそうな様子である。危ない!ケロねぇ!(> <) 鷹蜜の顔が青くなった。

「巨大鯖にケロねぇが食べられちゃう……!」

鷹蜜は、この魔談に出てきそうな不穏な巨大鯖が鯖彦兄さんだと全く気づかなかった。姉ケロミの危機を目の前にし、鷹蜜は、一目散に駆け出していった。

そんな窓の外のことも知らずに、店内で語り続ける鯖彦兄さんの興奮は頂点に達していた。

「鯖のままなら死んだほうがいい……、こんな鯖になってしまった体は、腹を膨らまして張ち切れて死ぬといいんだ……!」

そう言うと、「あ・ちょっと注文お願いしまーす」と鯖彦兄さんは、天使ウェイターを呼び「あのー、追加でぇ、毒きのこ餅ピザと、毒きのこ餅カツカレー。どっちもLサイズで。それと、毒きのこ餅あんみつも」と涙を目に引っ込めて注文した。

「で」

注文を終えた鯖彦兄さんの目からまたもや涙が溢れ出した。

「僕は、死ぬよ。止めないでくれ。僕はもう決めたんだ……。毒きのこ餅メニューの食べ過ぎで……死ぬよ……

「でも、兄さん、『毒きのこ餅』って毒抜きしたきのこだから、毒では死なないと思うけど……

「だからぁ!『毒』じゃくて『食べ過ぎ』で死ぬんだよ!この鯖の腹が張ちきれるまで食べて死ぬんだよ!もー、分かってないなぁ、ケロミは!」

鯖彦兄さんをどう止めようかとハラハラしたが、自分の財布もハラハラだ。

しかし、巨大鯖となった鯖彦兄さんの巨大な腹は全く満たされることは知らないらしい。

「この毒きのこ餅ピザ、すんごく美味しい。ケロミも一切れ食べてみ」

といって、生臭い匂いが少し移ったピザをケロミにくれた。

「僕は、人生にさよならだ……

鯖彦兄さんは、美味しそうに食べながらブツブツと「もーだめだー」「もー死ぬー」と呪詛のようにつぶやいている。

不安になったケロミは、財布を取り出し、そっと中を見た。すると、にゃんと!鯖彦兄さんの小銭よりも少なかった……(T T)。「死にたいのはこっちの方だよ……」ケロミのつぶらな瞳にも涙がじんわりと滲んだ。鯖になってしまった兄・可憐な妹・そして、積もっていく伝票……。食い逃げ……!?それとも兄は食材になり、妹はキャバクラに売り飛ばされる……!?ケロミの頰に涙が伝った。

その時、行き過ぎた妄想で悲嘆に暮れるケロミと、「死ぬるー」と言いながら美味しそうに食べ続ける鯖彦兄さんがいる店「純餅喫茶★どくきのこ」の入り口のドアがカラカラと音を立て開き、客が入ってきた。

「あ……

その客を見た鯖彦兄さんは、持っていた食べかけの毒きのこ餅ピザをぽとりと皿に落とした。

★★★S.Sとシメさば家の秘密 (3) に続く★★


浅羽容子作「シメさばケロ美の小冒険」第23回、いかがでしたでしょうか。

鯖に変身したのは、シメさばの呪いか、残った一切れを下げた人が怪しいのか!?いやでも、食べてる途中にもう変身していたのでは?と謎はつきません。
鯖彦兄さんの、半年間の「あてのない旅」は猫族に常時狙われながらのハードなものだったようで、ホテル暴風雨2016号室・「あてのない旅」で「君子は辛いよ」となにわぶしを唸る孔子もびっくりです。鯖もつらいよ。

謎めいたキャラクターが続々登場した今回。

頭に餅を乗せた個性派モチ肌美人、あれは「餅文学の妖精」モチ肌モチ代さん?何それ、というかたは是非こちらを。

モチモチした味わい、「餅文学」のススメ。餅文学の代表作、「シメさばケロ美の小冒険」の魅力に迫ります。モチ肌モチ代が。誰?

そして熱心にきのこの説明をする目白族の青年とは、ホテル暴風雨ベルボーイのメギくんきのこの毒を見分ける才能を早速発揮しているようです。
マイごま塩持参のエキセントリックバードは、まさしくホテル暴風雨の元シェフにして常連のシムシムさん!
マンガ「ホテル暴風雨の日々」には、ゆかいな鳥族・目白族ほか、ケロミの住む町に負けず劣らずいろいろな種族が登場しますよ。

さて、カラカラと音を立ててお店に入ってきたのは、果たして1666号室「魔談」に出てきそうな巨大鯖に驚いた鷹蜜なのか、鯖彦兄さんの食べたピザに「当たり」の毒ありきのこは入っているのか、マジ死んじゃうのか、お金は足りるのか、保険金で支払われるのか……あれこれモヤモヤしながら、待て、次号!

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