白黒スイマーズ 第1章 おさかな商店街にようこそ(1)


ここ「ホドヨイ区」の気温は程良い。暑くもなく、寒くもなく、平均的な気温なのである。ホドヨイ区は海辺にある。その海辺に向かってホドヨイ区の右側にあるのが「ヌルイ区」で、その先にあるのが「アッツイ区」。逆にホドヨイ区の左に位置するのが「スズシ区」であり、その隣が「ゴッカン区」となる。熱帯から極寒まで気温の順に5つの区が並んでいることになる。そして、これらの区はどれも海に面しているが、区によって森があったり氷山があったりと、それぞれに特有の自然を擁している。

「平均的な気温」とは、このアッツイ区からゴッカン区の気温のちょうど中間ということ。アッツイ好みもゴッカン好みも、どのタイプも、まぁなんとか耐えられる温度の区域がホドヨイ区なのである。

この5つの区の住人達は、白と黒の配色で、しなやかな丸みを帯びた流線型の体を持つ。顔には目と耳と鼻穴が2つずつと口が1つ。口の別称は、クチバシだ。また、手はフリッパーや翼とも呼ばれ、偏平で楕円型をしている。また、種族によって髪色や体躯は異なる。

この他に住人達に共通して言えることがひとつ、ある。それは、彼らは、とてつもなく海を好むということ。優雅に海に潜り、スイスイススーと泳ぐのだ。彼らは、海の中で、より一層自由になる。彼らのパッションは海にある、と言うより、海自体が彼らのパッションそのものなのだ。

……そう、彼らはペンギン。あの、鳥のくせに滅法泳ぎが上手な鳥、「ペンギン」である。彼らの遠い先祖は、美味しい魚達が沢山いる海を目の前にして指をくわえ(実際は指はないのでフリッパーの先をくわえ)垂涎した。海上を飛び回るか、海面にプカプカ浮かんで浅く潜るくらいしか術がなく、捕食もままならない。腹ペコの彼らは閃いた。そう、空腹であるという極限状態が、尋常ではない突飛な発想を彼らに与えたのだ。

「おさかな食べたいんなら、飛ぶより泳いだ方いいじゃん!」

正解である。しかし、泳げるようになる方法が分からない……。もうこれは、気合いで自らの体を改造してくいしかない……。彼らは日々スピリチュアルな熱意で念じた、泳げるような体になりたい、と。もしくは、イメージトレーニングもしたかもしれない。さらに、筋トレをしたり、スイミングスクールに通った可能性さえもある。とにかく、ド根性で自らの体を海向きマッチョに改良していったのであろう。そう、「飛ぶこと」を放棄し、「泳ぐこと」を選択した、究極のスイマーなのである。しかし、今を生きる現代ペンギンにとって、この祖先の選択や努力は些末事。なぜ泳ぐのか、現代ペンギンに問うならば、彼らは魚片手に一様に言うであろう「だってペンギンだから」と。あなたの近くのペンギンに尋ねてみたとしても、同じ答えが返ってくるだけと思われる。ペンギンとはそんな生き物。一途だけど、変なところで大雑把。付き合いやすいような、にくいようなそんな生き物がペンギンなのだ。

そんなペンギン達の世界の「ホドヨイ区」は、様々な商店が立ち並ぶ地域だ。各地区に住むペンギン達が買い物に来るペンギン界の中心となる楽しい街であり、種族の違うペンギン達の交流の場にもなっている。

* * *

「皇帝さん、今日も早いね」

開店前のプロマイド店の窓を磨きたてているアデリーペンギンの阿照キュー太(あでり・きゅーた)が白く縁取られた目をパチパチと瞬きしながら、隣の氷屋の店主、エンペラーペンギンの皇帝ペン一郎(こうてい・ぺんいちろう)に話しかけた。

「阿照さん、おはよう。いやぁ、ゴッカン区の端からの通勤は時間がかかるからね。商品の氷を運ぶのも暗いうちが最適だし。どうしても早めに着いてしまうんだよ」

体の大きな皇帝は、てっぷりと脂が乗った体をゆっくりと曲げてドアの立て看板を店の前の通りに出しながら答えた。

「やぁ、太陽が上がるよ」

海の方からオレンジ色の太陽が上がり、皇帝と阿照の白黒の顔を照らした。太陽の光は、この商店街の入り口のアーケードも照らしている。アーケードにペンギン語で書かれた「おさかな商店街」の文字がキラリと銀色の鱗のように光った。

「今日は、大漁じゃないかな」

「そうだね」

海を見ると水面がチラチラと輝いている。魚群がいる証拠だ。その魚群の光をじっと見つめる二人の口が少し開いた。とんがったその口、クチバシから自然と漏れる吐息は徐々に荒くなる。ペンギンの本能をダイレクトに刺激するその魚群の誘惑にノックダウンされるカウントがすでに始まっている。

「……皇帝さん、僕我慢できないよ……」

「……私もだよ、阿照さん……」

二人は、顔を合わせ、軽く頷いた。

「朝ごはんだ!」

皇帝は立て看板をひっくり返し、阿照は、雑巾を放り投げた。開店の準備もそのままに、二人は太陽が昇る海へとペンギン的パッションを全開にし、美味しい魚まっしぐらにペンペンと音を立てながら走っていってしまった。

(つづく)


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第1章  おさかな商店街にようこそ(1)、いかがでしたでしょうか?

ペンギン山盛りの新連載、でもどこか普通のペンギンじゃなさそうですね。

ではここで一つ、地球上に住む「普通の」(?)ペンギンについておさらいです。
おなじみ「コウテイペンギン」は地球では南極に住む、寒いところのペンギンです。「アデリーペンギン」も、ペンギンと言えばこれ!という白黒のみのスタイリッシュなカラーリング、「クールミントガム」パッケージのモデルと言われ、こちらも地球上では南極に住んでいます。さてここ「ホドヨイ区」ではどんな毎日を送っているのでしょう。皇帝さんと阿照さんの朝ごはんやいかに?

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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