白黒スイマーズ 第1章 おさかな商店街にようこそ(4)


「ふむふむ……アジ3とイワシ2とオキアミ10だとかなりイケるね」

現在、プロマイド店の現像室は、慈円津のカチューシャ屋で売る新商品の実験室となっている。

「うん、なかなかいいわね……」

阿照から出来たての試作品を受け取った慈円津は、それを嗅いだ。ペンギン的には最高に良い香りだ。

「慈円津さん、新商品の名前決まった?」

「うん、分かりやすいネーミングなんだけど、やはり『おさかな香水』にするわ」

そう、二人が考え出した新商品とは「おさかな香水」なのである。

慈円津達のため息、魚の香りに恍惚となった王の様子を見て、腹を撫でていた二人が同時に閃いたのは香水だったのだ。アイドルである慈円津の店にもビッタリな新商品である。

あの日から「おさかな香水」を作るという目標を持った阿照と慈円津は、原料となる魚を採ってきては(といっても、大半は食べてしまったのだが)、魚のエキスを抽出し、香りを凝縮させるべく実験、開発を繰り返していた。

「……阿照さん、この配合に、イカ1を隠し香りとしていれたらどうかしら?」

阿照は、慈円津の提案通り、イカのエキスを配合に加えて混ぜた。調合を終えた香水の試作品から、さらに濃厚な芳しい香りが漂う。

「こ、こ、これは!?」

「あら!いいんじゃない!?」

そこに、プロマイド店に来た王が現像室に顔をのぞかせた。

「阿照さーん、商店街の会報持って来たよー」

王は、慈円津が阿照の店で実験をしているのを知っているせいか、毎日何かしら用事を見つけては店にやってきていたのだ。しかし、二人にとっても、それは丁度良いことでもあったのだが。

「あぁ、王さん。会報はもう10枚も同じものをもらったんだけどな……。それより、今日も丁度良い時にやってきてくれたよ」

阿照は、王を現像室に入るようにフリッパーで招き寄せた。

「ねぇ、王さん、この香り嗅いでみて」

慈円津は、王に今しがた出来上がったばかりの香水の試作品の瓶を差し出した。王は、顔を赤く(見た目は黒のまま)しながら、慈円津の持つ香水に鼻を近づけた。

「どうかしら……?」

阿照と慈円津は、王の反応を不安げに凝視している。

王はうっとりとした様子で目をゆっくりと閉じた。

「これはいいね!……とても、とても、抜群にいい香りだ!」

王は、恍惚の表情を浮かべている。嘘はついていない。そして、何度も「いい香りだ」を連発している。

「阿照さん、完成ね!これで香水が出来たわ!ありがとう!」

「いやぁ、慈円津さんには、プロマイドのモデルでいつもお世話になっているからね。わけないことさ」

「じゃあ、私、どんどん作って売るわ!」

慈円津は張り切って、香水の量産の準備に取り掛かった。

しかし、阿照はあることに気付いていた。「いい香りだ……」と言い続ける王の様子がおかしいことを……。不安を感じたが、意気揚々としている慈円津に言うことはできない。阿照はフリッパーでクチバシを塞ぎ黙っていることに決めた。「いい香りだ……うまそうだ……」と言いつつ生唾を飲み込む王、そして、そのクチバシから流れるヨダレを見つめながら。

こうして慈円津の店で香水が売り出されて10日ほど経った頃、プロマイド店の店先で皇帝と阿照は立ち話をしていた。

「慈円津さんの店で売っている新商品が大流行しているようだね。あれって、阿照さんも開発に加わったんでしょ?」

「うん、そうだよ。人気みたいで良かったなぁ」

「うちの氷屋に来た客達もそのことで話が持ちきりだよ。おさかなの味がさらに美味しくなるって」

「え……おさかなの味!?」

「そうだよ。慈円津さんの店の魚醤をふりかけておさかなを食べるのが大流行さ」

「魚醤……」

「調味料でしょ?コウスイって商品名もオシャレでいいよね」

阿照の不安は命中した。おさかな香水は、香水の用途よりも、魚に風味を増す調味料として使うペンギンが続出し、いつしかそれが主流になっていたのだ。

「ちょっと休憩がてら、慈円津さんの店に行こう……」阿照は、焦燥にかられ、昼休憩としてプロマイド店を閉め、慈円津の店に向かった。慈円津の店はいつも以上の賑わいで、長い列ができている。その列の先の店内のレジにいる慈円津が、カチューシャ屋の開け放たれたドアからよく見えた。

「魚醤5個ください」

「魚醤じゃなくて、香水5個ね。はい、ありがとうございます」

レジ台にいる慈円津が、白いタオルで汗を拭きながら、忙しそうに販売している。

「魚醤10個いただきたい」

「魚醤じゃなくて、香水10個ですね。はい、どうぞ」

商品を受け取った客達は嬉しそうに店を出て行く。

「魚醤15個ください」

「あら、ごめんなさい。一人10個までなの。はい、魚醤10個」

忙しく働く慈円津の額の汗が止まらない。汗が商品に落ちないよう、いちいちタオルで額を拭いていたが、どうやらそれが面倒になったようだ。慈円津は、タオルをクルクルと捻って額にキュッと横一文字に締めた。いわゆる「ねじりハチマキ」である。

「魚醤10個お願いします」

「はいはい、魚醤10個ね。はい、どーも」

ねじりハチマキの慈円津は、まるで海の中にいるかのように生き生きとしている。

「香水8個ください」

「香水じゃなくて、魚醤8個ね。はい、毎度ありっ」

香水ではなく……魚醤は飛ぶように売れて行く。阿照は店に入り、そっと慈円津のそばに寄っていった。

「慈円津さん、繁盛しているね。そのねじりハチマキもいい感じ」

「あら、阿照さん、ありがとう!でもこれはソフトカチューシャよ」

そんな会話もそこそこに、次の客が商品を急かす。

「魚醤8個と、そのソフトカチューシャも1つあるかしら?」

「はい、魚醤8個ね。あと、ソフトカチューシャじゃなくて、ねじりハチマキを1個追加!はい、毎度ありっ!次のお客さん、へい、らっしゃい!」

阿照のことなど構っていられないほど慈円津は忙しい。阿照は少し離れ、ねじりハチマキで威勢良く魚醤を売る慈円津の姿を眩しそうに眺めた。すると、後ろから王がやってきた。

「阿照さん、こんにちは」

「あ・王さん!あれ?酒屋は大丈夫かい?」

「大丈夫だよ。兄弟にまかせてきたから。今日は、慈円津さんに頼まれて、販売の手伝いに来たんだ。じゃ・また!」

王は、早口にそう言うと、いそいそと慈円津の手伝いをし始めた。

活気のある店内は、いかにも繁盛店といったところだ。ペンギン達がうようよといる店でぼんやり立っていては商売の邪魔になるし、慈円津の様子を見届けたのだから、阿照も自分の店へと帰らなければならない。慈円津に挨拶もせずカチューシャ屋をそっと後にした阿照は「慈円津さん変わったな……」と思った。しかし、生き生きペンペンとした様子の慈円津の姿を思い起こすと、暖かく嬉しい気持ちになる。

そう……、慈円津のような変貌は、ペンギン界では特に珍しいことではない。なぜならば、ペンギンとは柔軟性を持ったしなやかな生き物だからだ。終わり良ければすべて良し、香水でも魚醤でも売れればどっちだっていいじゃないの、そんなペンペンとした「しなやか」さが海で生きる鳥達にとっては当たり前のことなのである。

そんな「しなやか」な慈円津の店では、まだまだ客が途切れない。

「王さん、魚醤のストック、奥から取ってきてー」

慈円津に頼まれて、王は奥の控え室に魚醤を取りに入った。忙しさからか、雑多なものが四方に散らかっている。

「おいっしょ」

魚醤のケースを持ち上げた時、横に積まれた紙類の中から一枚の紙がひらりと舞い、王の目の前に落ちた。

「……!」

その紙を見た王の顔が見る見る間に赤くなっていく。しかし、この赤さは恥じらいの赤ではない、それは嫉妬の炎の赤、なのだ。(※見た目は黒のまま)

しばらくの間、王は、目の前に落ちている人気ビジュアル系バンド・シュレーターズのプロマイドから視線を外すことができなかった。

(第1章 おさかな商店街にようこそ おわり)

※次回は「第2章 王の恋」です。お楽しみに!


浅羽容子作「白黒スイマーズ」第1章  おさかな商店街にようこそ(4)、いかがでしたでしょうか?

前回から一週間、腹を撫で撫で考えましたが、まさか慈円津さんと阿照さんのアイディアが「魚醤」じゃなかった、「香水」やっぱり「魚醤」?だったとは予想外。そして、「ソフトカチューシャ」「生き生きペンペン」と、明日から(脳内で)大流行しそうなワード満載の第1章の終わりでした。季節は食欲の秋、ペンギンの秋。みなさまも、ソフトカチューシャしてお腹を撫で、生き生きペンペンとおさかな香水でお魚と白いご飯など召し上がるとよろしいかと存じます。さて次回は恋と嫉妬の炎が燃え上がる!?

ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。

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