長沙和尚の山歩き 1/2話(出典:碧巌録第三十六則「長沙一日遊山」)

ある日のこと、長沙和尚が散歩から帰ってくると、門のところで首座(修行僧のリーダー)と出会いました。

首座:「和尚! どこに行って来たんですか?」
長沙:「山歩きしてきたんじゃよ。」

首座:「どこまで行って来たんですか?」
長沙:「新緑のいい香りにひかれて行ったけど、花が散ったので帰ってきたというわけじゃ。」

首座:「ほう! まったくもって「春」ですなぁ・・・」
長沙:「そうじゃな。「秋露が蓮の花に滴る」なんてのより、よっぽどマシじゃよ。」

長沙和尚といえば、ほかにこんなエピソードもあります。

長沙和尚が仰山和尚と月見をしていた時のこと、仰山和尚は月を指さして言いました。

「人は誰でもみな、これを持っているのじゃ。ただ、なかなか使いこなせるヤツはおらんのじゃがな。」

長沙和尚は言いました。

「うんうん、まったくじゃ。というわけでオマエさん、ひとつやってみてはくれまいか?」

仰山和尚が「いやいや、あなたこそやってみてくださいよ。」と言い終わるやいなや、長沙和尚は仰山和尚を一撃で蹴り倒しました。

仰山和尚は起き上がると、「長沙ニイサン・・・ ニイサンはまったく、トラのようなお人ですなぁ。」と言ったとか。それ以来、長沙和尚は「タイガー」というのアダ名で呼ばれることになったということです。

それはさておき、冒頭の会話はいったいなんなのでしょうか? そもそもこの首座は、和尚が「山歩きしてきた」と言っているにもかかわらず、なぜ「どこまで行った?」などと尋ねたのでしょうか?

いまどきの人ならば、ここでそう尋ねられたならば、「いや、行ったというか、ここに戻ってきたんですけど・・・」などと答えるのが精一杯でしょうね。

ところで、似たような話しで以下のようなものがあります。

仰山和尚と、とある坊さんとの会話です。

仰山:「どこに行ってきたの?」
坊主:「廬山です。」

仰山:「絶景スポットの五老峰は行ってみた?」
坊主:「いや、そこまでは行きませんでした。」

仰山:「キミ、それじゃ廬山に行ったことにはならんぞ!」

これと冒頭の話とは、同じでしょうか? 違うでしょうか?

さまざまな仏さまの名前ばかりが大量に列挙されている「三千仏名経」という書物があるのですが、かつて石霜和尚のところに出入りしていた張拙という名の居士がこれを読んで、ため息をつきながら長沙和尚にこぼしました。

「ここにはアホほど大量に仏さまの名前が収録されているわけですが、こんなもの結局名前ばかりじゃないですか。そもそもこれらの仏たちはどこにいるというのでしょう? だいたいこんなもの、実際の役に立つことなんてあるんですかね?」

長沙和尚は言いました。

「あの詩人の崔顥(さいこう)が黄鶴楼の詩を発表した後、オマエさんは詩を作ってみたかね?」

張拙:「いや、そもそも詩なんて作ったことありませんよ!」
長沙:「そうか、まぁ、折をみてチャレンジしてみるといいよ。」

ことほど左様に、長沙和尚は親切な人だったのです。

え? わけがわからない?

―――――つづく