日日是好日 5/6話(出典:碧巌録第六則「雲門十五日」)

お釈迦さまは「究極の悟り」を開いた時、「この悟りは大変素晴らしいものだが、とてもではないがそのまま言葉で表せるようなものではない。むしろ誰にも告げず、黙ってこのまま死のう。」と考え、そのまま21日間黙って座ったままだったとか。

結局その後いろいろあって彼方此方で説法して回ることになりはしましたが、つまるところお釈迦様が悟ったという「究極の悟り」そのものは一度も語られませんでした。

というかそんなもの、実際のところ語りようがないのです。

今世間で流通している「仏教」と名のつくテキスト類は全て方便の産物であり、「やむを得ずそれっぽくした」ものに過ぎないということを知るべきです。

雪竇和尚のポエムに出てくる「天女乱舞」のくだりですが、これはかつて「解空第一」、つまり「空」の概念を一番良く理解していた仏弟子であるスブーティ(須菩提)が岩穴に籠ってただひたすらに「空」を念じていたところ、そのあまりの素晴らしさに天女がワラワラと集まってきて大量の花びらをスブーティにふりかけ始めたという故事を示したものなのです。

ここまで私の話を読んだ貴方ならもうお気づきのことと思いますが、本当に「空」の境地になりきれていたのなら、天女に気づかれることもなく、ましてや花びらを振り撒かれたりなどしないハズ。

「虚空神が呆れた」というのはまさしくそこであって、「オマエ、そうじゃないだろう!」とばかりに指をパチンと鳴らしてツッコミを入れたということなのです。

―――――つづく