どこから来たの? 1/4話(出典:碧巌録第三十四則「仰山問甚処来」)

新参の僧侶と仰山和尚との会話です。

仰:「オマエさん、どこから来たんじゃな?」
僧:「名山の誉れも高き廬山から来ました!」

仰:「ほう、廬山か。あそこは実によいところじゃ!特に五老峰の景色が絶品なのじゃが、オマエさん、登ってみたかの?」
僧:「いや、残念ながら・・・」

仰:「オマエさん、それじゃ廬山にいたことにはならんぞ!」

これを聞いた雲門和尚は言いました。

雲:「仰山和尚は優しすぎる!いくら相手のレベルが低いからって、そんな下まで飛びおりなくてもよいのに・・・」

その人がどんな人かということは、クダクダ会話せずとも、ぽろっとこぼした一言でわかってしまうものです。

雲門和尚はこうも言っています。

雲:「相当に修行のできた人でも、全く失言しないというのは難しい。ついうっかり口を開いて中身を露呈することになるんだよな・・・」

確かに、一言どころかちょっとした動作だけで人格レベルを見抜かれてしまうことだってありますよね。

さて、それではなぜ、上の話で雲門和尚は「仰山和尚は優しすぎる」などと言ったのでしょうか?

磨き上げた鏡や水晶玉は、前にあるものをあるがままに映し出します。
インド人がくればインド人が映りますし、中国人が来れば中国人が映ります。
ハエ一匹たりとも、映らずに前を通り過ぎることはできません。

僧侶が「廬山から来た」と言っているのに、仰山和尚は「廬山にいたことにはならない」などとおっしゃる。

ここのところは聞き流さずに、しっかりと点検する必要がありそうですね。

―――――つづく

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