南泉和尚のネコ殺し 1/2話 (出典:碧巌録第六十三則「南泉両堂争猫」)

意表を突いた角度からのツッコミこそ、真の教育。
とても言葉にできない事象こそ、命がけで取り組むべき課題。

イナズマの如く地を斬り、流星の如く天を裂く。
そんな力量の持ち主の前では、全ての山は逆立ちし、湖の水はみなこぼれてしまうことでしょう。

そのぐらいのこと、読者の皆さんは当然朝飯前ですよね。(笑)

そういえばこんな話を思い出しました。

ある日のこと、南泉和尚は西と東の寮に住む弟子たちが一匹のネコを巡って激論を交わしているのを目撃しました。

南泉和尚は皆の前に進み出ると大きな声で言いました。

「これはいったい何だ!? ズバリひとことで言ってみろ! 見事に言ってのけたなら斬らずにおいてやる!!」

で、弟子たちが誰一人として答えられなかったのを見た南泉和尚は、ネコを真っ二つに斬ったとか。

さすが南泉和尚、弟子たちにできないことを平然とやってのける!w

ちなみにこの「ネコ殺し」のエピソードはインパクトの強い話であったので、当時も、そしてその後も大勢の人があれやこれやと議論の対象としてきました。

ある人が「これは「これは何だ?」と問題提起する行為そのものに意義があるんじゃないのか?」と言えば、またある人は「いやいや、これはやっぱりズバリと「斬る」ところに意義があるんだよ。」などと言う。

残念ですがこれらはどちらも全く的外れ。

南泉和尚には元から天下の秩序を定める眼と剣が備わっており、平素からずっと、隅々まで徹底的して物ごとの道理を提起し続けてきたのです。ネコの件はたまたまの成り行きに過ぎません。

南泉和尚は「ズバリひとことで言えたなら斬らない」と言ったことになっていますが、その時もしズバリと言ってのけた人がいたならば、彼は宣言どおり斬らなかったでしょうか? それともやはり斬ったでしょうか?

世間の常識にとらわれずに見れば、実はこの時南泉和尚は何も斬らなかったことがわかるハズ。

いや、そもそもこのエピソードに「意義」などがあるのだとするならば、「斬る」とか「斬らない」とかの次元を超えたところにこそ、それはあるのでしょう。

―――――つづく

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