「般若心経の秘密」 第6話(出典:般若心経秘鍵)

このお経のタイトルは「仏説摩訶般若波羅蜜多心経」である。

漢字で書いてあるのだから中国語なのだろうと思いがちだが、実はそうではない。「説」と「心経」の三字以外は全て原語のサンスクリットを音写したものなのだ。全て原語で言い表すならば、「ブッダ・バーシャー・マハー・プラジュニャー・パーラミター・フリダヤ・スートラム」となる。

冒頭の「ブッダ」はいまさら言うまでもなく「目覚めた人」のことだ。

続く「バーシャー」は「説」と漢訳されているが、「秘密の教えを解き明かし、その醍醐味を味わわせる」というぐらいの意味だ。

「マハー」は「偉大」「多い」「勝れている」等の意味、「プラジュニャー」は「般若」と音写されるもので「精神統一によって得られる究極の智慧」のことだ。

そして「パーラミター」とは「渡り終わった」という意味で、ここでは「やるべきことをやり終えた」ということを表している。

「フリダヤ」とは「ハート」、つまり「心」、「中心」ということだ。

最後の「スートラム」は「経」、つまり織物の縦糸のことだ。

この一行のタイトルだけで既に「人」「法」「喩」の三種のコンテンツを表している。

例えば、「大般若波羅蜜多」といえば般若菩薩の名、つまり「人」だ。

般若菩薩は、言葉的な境地と、瞑想の極致であって言葉ではうまく表現しきれない境地をあわせ持っている。これらの文字のひとつひとつがまさしく悟りを意味する「法」なのだ。

さらに世間一般の語彙によって、言葉だけでは表現しきれないハズの深遠な法理を説明している。これが「喩」だ。

このお経は、今を去ること二千年前、かつてブッダがインドの岩山グリドラクータ、いわゆるところの鷲峰山にいた頃に弟子のシャーリプトラたちに対して説いたものであり、当然インド語だったのだが、現在では何種類かの中国語訳が伝わっている。

因みにオレは、言語の天才であったクマラジーヴァ法師、いわゆる鳩摩羅什三蔵法師の訳を採用しているのだが、それ以外にも唐代に活躍した玄奘三蔵法師の訳がある。

玄奘三蔵法師の訳ではタイトルに「仏説摩訶」の四文字がなく、「五蘊」の下に「等」が追加され、逆に「遠離」の下の「一切」が省かれていたりする。さらには末尾の真言パートに続く「効能書き」が書かれていない。

―――――つづく