「般若心経の秘密」 第14話(出典:般若心経秘鍵)

5.真言(神秘の言葉):「故説般若波羅蜜多咒」~「菩提薩婆訶」

<真言の不思議さと素晴らしさを説くパート>

いよいよ般若心経のラストパートである。

この部分は真言、つまり原語である梵語(サンスクリット)をそのまま音写(漢字による当て字)してあるので、もはや一般ピープルには理解できない謎の呪文(中国語ですらない)となっている。

「羯諦(ギャティ)」が四回繰り返されるのは、先に述べたのと同様、修行するものの属性が数パターンあるからにほかならない。

それぞれに対応して、最初の「羯諦(ギャティ:ガーテー)」は「見聞きしたこと以外は理解できない人」が修行で得られる成果を、次の「羯諦(ギャティ:ガーテー)」は「進むべき道を見出した人」が修行で得られる成果を、三番目の「「波羅羯諦(ハラギャティ:パーラーガーテー)」は「新境地を開いた人」のそれが先の2つに勝ることを、四番目の「波羅僧羯諦(ハラソウギャティ:パーラーサンガテー)」は真言密教マスターが修行することで得られる素晴らしい成果を示している。

そして末尾の「菩提薩婆訶(ボダイソワカ:ボーディスヴァーハー)」は、これまでに述べた教えや修行にどのような意義があるのか、、究極的に行き着くところはどんなところなのかを示しているのだ。

真言の語句の表面的な意味だけ取ってみてもこれだけの意味がある。これをさらに深く説明しようとするならば、永遠に近い時間をかけたとしても到底終わらない。もしどうしてもさらに深く知りたいのであれば、もう少し勉強してから改めて質問に来るがよい。

その時は相手してやろう。

これをつなげて現代語訳するならば、以下のようなものになる。

真実の言葉の不思議さははかり知れない。

内容を正しくイメージしながら唱えるならば、必ずや諸悪の根源である根本的な無智の闇が取り払われるだろう。

一文字一文字の中に千の意味を含んでおり、わざわざ死んで生まれ変わらずとも、今、この場で究極の悟りを得ることができるのだ。

「ガーテー」は「行く、行け、行った」ことを同時に意味し、まどやかな涅槃の境地への道のりを示し、また、「ガーテー」は「去る、去れ、去った」も意味し、根源的な悟りの境地に向けた旅立ちを示す。

一般ピープルは今この瞬間の生存世界こそが自分の居場所だと思い込みがちだが、この世界などというものは実は長旅の途中でたまたま立ち寄った仮の宿であるに過ぎないのだ。

それでは「本当の居場所」はどこにあるのか? 

我ら全てが生まれつき持っている「心」こそ、「本当の居場所」なのである。

―――――つづく