問われているのは想像力だ。

作家は文章の専門家だと思っている人がいる。
違う。
文章なんて下手でもいい。(うまいにこしたことはない)

作家が何かの専門家であるとすれば、それは想像力だ。
人並み外れた想像力がなければ作家たりえない。
想像力とは経験していないことを経験したかのように感じられること。

男性作家だから女性が書けないではすまされない。
若いから老人の心理が書けないでは話にならない。
人を殺してないから殺人犯が書けない。
宇宙に行ってないから宇宙旅行が書けない。
それは作家ではない。

作家は想像力を使ってどんな仕事をしているのか。

想像力の境界を広げることである。

ある本を読む。
そこには読者が経験していない何かが書いてある。
それもまさに今経験しているかのような迫真力で。
読者は「経験」に近いものをする。
遠く離れた国のことを、はるか遠い時代のことを、自分とはまったく異なる境遇の生活を。
戦場に立ったことのない人が戦場に立つ。
雪を見たことのない人が雪を見る。

読む前は想像できなかったことが想像できるようになる。
優れた本とはそういうものだ。

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大変なことが起きたとき。
何かしなければいけないと思う。

善意は絶対的に必要だ。なるべく正確な情報も。
しかしそれだけでは充分でない。
判断に必要な情報がぜんぶそろうことなど決してない。
足りない分を埋めるのは想像力だ。
これが正確でないと、善意でひどいことをしてしまう可能性すらある。

少しでも正しく想像すること。それが少しでも正しい行動につながる。

家が倒壊し、屋外で夜を過ごすのがどういうことなのか。
当たり前だった水と電気とガスがなくなるのがどういうことなのか。

ひとりの人間が経験できることなど100年生きても知れている。
しかし、経験していないからわからない、ではすまされないことがある。

そのために作家は存在しているのではないか。

想像力の境界を広げるために。

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