ワインシュタイン博士の長い一日<8> by クレーン謙

地球最後の日が人類史上、最も平和な日になるとは、なんとも皮肉な話だ、
とリー・グラント将軍は思った。

巨大隕石が地球に衝突する、というニュースが世界を駆け巡ると同時に、ありとあらゆる戦争と紛争が終結したのだ。
対立していた国々も、内紛でにらみ合っていた勢力も、テロリストも、皆、武器を捨て家族の元へと帰った。帰るところがない者は、ただ唖然として迫り来る巨大隕石を眺めていた。
皆、今まで自分は何の為に戦っていたのだろう?と考えているに違いなかった。

リー将軍も、自分は今まで何をやっていたのだろう?と考えていた。
アフガニスタン紛争に従軍して、戦地で負傷して右足を失うまで、人生の大半を軍人として過ごした。
退役して国に帰った後が、リーにとっては戦地よりも遥かに過酷な日々となった。
片足をなくした者にそうそう職があるはずもなかった。
国から戦傷手当が支給されたが、それだけでは子供たちを大学へとやる事も出来なかった。

そんな時に、リーの戦地での実績に目をつけて、ゼニノフ・カネスキーが声をかけてきた。
その仕事内容とは、カネスキーの身辺警護と非常時に於ける特殊任務だった。
カネスキーという男は、いまいち信用がならなかったが、高額な報酬の提示に、リーはその任務を承諾した。
そしてこの朝、巨大隕石が地球に接近している、というニュースが報じられると、リー将軍はカネスキーから「特殊任務」を命ぜられた。
リー将軍は50名の傭兵と共に、ロケット発射場があるカネスキーの広大な敷地へと向かった。
「ロケットが打ち上がるまで誰も近づけるな」という命だった。
地球を救う為だとも言っていた。
本当だろうか?
リーはカネスキーの言っている事が心底信じられずにいた。
しかし、信じるしかなかった。
地球にはもう残された選択技は、他にもはや何もなかったのだ。
リー将軍は傭兵達に自動小銃を持たせ、そしてロケット発射場の周辺の守りを固めさせた。
発射場では作業員達がロケットの発射準備の作業を着々とこなしていた。

夜になると、空に浮かぶ巨大隕石は更に大きくなっていた。
地球に隕石が衝突するまで、あと3時間弱。
リー将軍は暗視ゴーグルを使い、見張り台から周囲を見渡した。

その時、リー将軍は北側の森に何か気配がする事に気がついた。
最初、暴徒が群れをなして襲ってきたのかと思ったが、違った。
暗視ゴーグルでそちらを見ると、信じられない光景が見えた。
ゾウやキリンやサイなどの大きな動物達がこちらに向かって突進してきていたのだ。
何が起こっているのか分からなかったが、リー将軍は傭兵達に空に向けての自動小銃の発砲を命じた。

タタタタッ、タタタタッ、という自動小銃の発砲音が夜空に響き渡った。
しかし動物達は動ずることなく、突進を続けた。
このままで、動物達がロケット発射場に侵入してしまう。
「やむ得ない!動物達への発砲を許可する!」

傭兵達は暗視スコープを使い、突進を続ける動物達に照準を合わせた。
タタタタッ、タタタタッ、と自動小銃が火をふいた。
ゾウが血まみれになり、倒れた。
その時、ゾウを撃った傭兵に向かって、森の中から突如現れたピューマが襲いかかった。
傭兵はピューマに押し倒され、喉を噛まれ、動かなくなった。
続けて別の傭兵も、ジャガーの襲撃を受けて絶命した。
長年を戦場で過ごしたリー将軍は、動物達が誰かの指揮と指示で動いている事に気がついた。

「皆、気をつけろ!この動物達はただの動物ではないぞ!動物達は統制がとれた動きをしている!」

しかし相手は、暗視スコープを使わなくとも、暗闇で動きがとれる夜行性の動物達だった。
傭兵達は次々と、動物達に倒されていった。
暗い森の中で、自動小銃の発砲音と傭兵の叫び声が交互に響き渡った。
リー将軍も自動小銃を手にとり、森に入った。

「森の北側から敵が侵入している!!応援を求む!森の北側へ集結せよ!」

リー将軍は無線で部下達に伝えた。
傭兵達は森の北側へ集まり、森の中に潜む獰猛な肉食獣を目掛けて自動小銃を撃った。
人間と動物達との死闘が繰り広げられた。
動物達は次々と傭兵達に倒されていったが、傭兵達も次から次へと現れる動物達に襲われて倒されていった。
リー将軍は自動小銃を撃ちながら、アフガニスタンで指揮したある作戦を思い出していた。
今の戦況が、その時の作戦と似ていたのだ。

「・・・・しまった!!この襲撃は目くらましだ!敵は、違うルートから侵入してくる!」

リーが無線でその事を部下達に伝えようとした時、木の上からオオタカが現れ、無線を奪い取った。
リーはオオタカを目掛けてダダダダッと自動小銃を撃った。
破壊された無線とともに地上に落下したオオタカを見て、リーはカネスキーに雇われた事を悔やんだ。
リーは子供の頃から動物が好きだった。
特に、ライオンやタカなど、強くて自由な動物が好きだった。
その自分が今、動物達を銃を使い殺している!
アフガニスタンで負傷して足をなくした時もそうだったが、軍人である自分の事を心から情けないと思った。
自分には殺すか奪うかしか、何もないのか、と。

その時、茂みの中から立派なたてがみをしたライオンが現れた。
リーとライオンの目が合い、リーはそのライオンがこの襲撃の指揮官であると瞬時に理解した。
戦場では、誰が指揮官であるのか、瞬時にして識別する能力を求められる。
ライオンもリーの事を敵の指揮官だと分かったようだった。
ライオンは低いうなり声をあげ、リーに飛びかかろうと、低く身構えた。
リーは自動小銃の引き金を引いたが、弾切れだった。
腰からナイフを取り出した。
と同時にライオンがリーに向かって飛びかかり、リーの喉に食いついた。

「お前には何も恨みはない。しかたがないのだよ」
ライオンの悲しそうな目は、そのように訴えていた。

リー将軍は薄れゆく意識の中で、目でライオンに言った。
「分かっているさ。俺もお前には何も恨みはないよ。・・・・それに、大好きだった動物に命を奪われるのは、実に名誉な事だ!」
大学に行っている息子の将来の無事を祈りながら、そして最後に敵と心が通じ合えた事に感謝をしながらリー将軍はその生涯を終えた。

傭兵の指揮官が死に、戦闘は終結した。
ライオンは戦闘が終結した事を仲間に伝えるため、大きな雄叫びをあげた。
巨大隕石が衝突するまで、残された時間はあと2時間をきっていた。

――――続く

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