ワインシュタイン博士の長い一日<10>最終回 by クレーン謙

ワインシュタイン博士と、気絶したカネスキーを乗せたロケットは夜空の中を飛んでいった。
しばらくすると、燃料がなくなったブースターが切り離され、二人を乗せたロケットは地球の大気圏を離脱した。

恐らくカネスキーがそう指示したのだろう。
ロケットの操縦席は、四方がガラス張りになっており、外の様子をはっきりと見る事ができた。
前方には迫り来る巨大隕石が見え、その姿を徐々に大きくしていった。

ワインシュタインは胸ポケットから写真を取り出した。
孫のライアンの写真だった。
すでに操縦席内は無重力になっており、ワインシュタインの手を離れた写真は空中を漂った。
ワインシュタインは通信回線のボタンを押した。

「ワインシュタインから管制塔へ。ロケットは無事打ち上がったようだ。推定であと20分で、ロケットは巨大隕石に到達する」

管制塔のオウムが答えた。
「管制塔からワンシュタインへ。こちらからも、ロケットが無事に打ち上がったのが確認できた。博士、ロケットに乗ってくれた事を感謝する」

「オウム君、最後にひとつだけ願い事があるのだが」
「なんだね?」
「孫のライアンにワシの事を伝えてほしい。・・・・おじいちゃんは、地球を救うために宇宙へいった、とな」
「・・・・そうしてあげたいのだが、残念ながら、それはできない」
「なんだと!何故だ?!」
「この任務が終わると、私は再び言葉をなくし、ただのオウムになってしまうのだ」

ワインシュタイン博士は通信回線のマイクに向かって怒鳴った。
「すると何か?ワシの偉業は誰に伝えられる事なく、ある日突然、行方知れずになった頭のおかしい老学者として人々の記憶に残るだけなのか?!」
「・・・・残念ながらそういう事だ。しかし、撃たれて死んでいった動物達もそうなのだよ。
彼らも地球を救おうとしただけなのだが、誰もそうは思わないだろう。
動物だけじゃない。人々を救ったにもかかわらず、誰の記憶にも残らず死んでいった英雄達がたくさんいるのだよ、きっと。こんな事を言っても癒しにはならないだろうけど・・・」
「いやだ!せめてライアンにはワシの事を伝えてくれ!たのむ!」

オウムは黙り込んだ。
ワインシュタインはマイクに向かって叫んだ。
「どうしたんだ?応答せよ!」
しばらく間をおいて、オウムは言った。
「・・・・・ナンダコノヤロウ!」

どうやらオウムは言葉をなくし、ただのオウムに戻ったようだった。
ワインシュタインは通信回線を切った。
ロケットの背後を振り返ると、青く大きな地球が星空に浮かんでいるのが見えた。
再びあの曲がワインシュタインの頭の中でループした。
「『・・・・・地球は青かった。そして僕にできる事は何もない』。きっとあの曲はワシのために書かれたのだろう。ありがとう。感謝するよ」

操縦席のモニターを見ると、隕石に到達するまで、あと100キロと迫っていた。
隣を見るとカネスキーは気絶したまま、席にもたれかかっていた。
「すまんが、ワシに付き合ってもらうよ」
ワインシュタインはアタッシュケースを開き、亜空間転移装置の起動スイッチを入れた。
ロケットが、青白く輝きはじめた。
その青白い光の中心に向かって、ロケットが萎むようにして吸い込まれて消えた。
続けて巨大隕石が、まるでアニメーションの早回し映像のように、光の中心に向かって吸い込まれていった。
ロケットと巨大隕石を吸い込んだ光は、5秒後に消え、そこには何も残らなかった。

巨大隕石は消え、地球の危機は回避された。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はじめ地球の人々は何が起こったか分からなかった。
あと30分で巨大隕石が衝突しようしていたのだが、空に浮かぶ巨大隕石が突如として消えたのだ。
もう自分はあの世にいるのだ、と思う人々もいた。
自分達は助かったのだ!と分かると人々は歓声をあげた。
それはもう、奇跡としか言いようがなかった。
「神が我らを救ったのだ!」と当然ながら、そう思う人々もいた。

人々は外へ出て、抱き合ったりして喜びを分かち合った。
その中にはワインシュタインの娘と、孫のライアンもいた。
「ママ、僕たち助かったんだね!・・・・どうして、隕石が消えちゃったんだろう?」
「不思議ね、ライアン。きっと神様が私たちを助けてくれたのよ!」

ライアンには神様がどういうものなのか、分からなかったが、明日も明後日も大好きな友達に会えるというだけで、とても嬉しかった。

「ママ、夏休みにはおじいちゃんにも会えるね!」
それを聞き、母はふと顔を曇らせた。
歳を取るとともに、気難しくなり、怒りっぽくなっていく父のワインシュタインに会うのは気が滅入ったからだ。
人嫌いになり、山奥に籠もった父の山小屋に行くのは正直、気が進まなかった。
しかし、そんな事をライアンに言うわけにはいかない。
「そうね!夏休みになったら、おじいちゃんの山小屋に行きましょう!きっと、おじいちゃん、喜ぶわ!」
ライアンは母がそう言うのを聞き、顔を明るく輝かせた。
「ボクね、おじいちゃんの話してくれる『カガク』の事を聞くのが好きなんだ!ああ、夏休みがとても楽しみだな!」
ライアンが巨大隕石が消えた星空を見上げると、流れ星がひとつ現れ、そして地平線へと消えていった。
ライアンは母と手をつなぎ、家路についた。

――――完

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