南へと馬車を走らせ続け、夕方も近くなってきた頃。
南側の空に灰色の雲が現れ、遠くに稲妻が光っているのが見えた。
ずいぶんと久々に稲妻を見たような気がする。
僕は恐る恐るとフレムに聞いてみた。
「・・・・・あの稲妻は、海に落ちているのかい?」
何か考え事をしているように見えたフレムは、南の空を見上げて答えた。
「そうだ。あの稲妻は海に落ちておる。おまえも知ってのとおり、最近は山の方に稲妻が落ちなくなっている。それで、電気の実が採れなくなってきたんだろう?」
「どうして山に雷が落ちなくなったんだい?」
フレムはニヤリと笑って答えた。
「海に行けば、その理由が分かるよ。いずれにしても、この国はやがては電気が不足してくるだろうな。町の人々には、その危機感がまだないがね。いずれは、そうなるじゃろう」
「なんだかフレムは色々な事を知ってそうだね」
「おまえさんよりも、長く生きてるからな。・・・・ところで、海まではまだ200マイルもあるから、暗くなってきたら馬車を停めて野営の準備を始めよう。馬のジョーにも休んでもらわんとな」
西の地平線に太陽が沈むと、急激に辺りは暗くなってきて、そして夜の虫が鳴き始めた。
僕らは街道の脇に生えていた大きな木の根元に、馬車を停めて野営の準備を始めた。
まわりがすっかりと暗くなると、フレムは荷台から壺を降ろし、蓋をあけてガラス瓶に電気を注いだ。
ガラス瓶に注がれた電気は、いままで見た事がないほどの明るさだった。
その明るさのおかげで、フレムとジョーの顔がはっきりと見えた。
すると、荷台から解放されたジョーがやってきて壺に首を突っ込んで電気を舐めはじめた。
「あ、バカ!ジョー、それは電気の実じゃないんだぞ!」
僕は慌ててジョーをとめた。
その様子を見ていたフレムは歯を見せて笑った。
本当に愉快そうに笑うフレムを見るのは、それが初めてだった。
「ハハハハ!エレン、大丈夫じゃよ。ワシも何も食べるものがないときは、電気クラゲを食べるからな」
やはり!
フレムは電気クラゲの事を知っているんだ。
電気を舐め終わったジョーは、壺から顔を出し、満足そうに舌をペロペロとした。
・・・・まったく、なんて馬なんだ。
僕とフレムは市場で買ったライ麦のパンとチーズを食べ終えると、毛布に包まって明日に備えて眠りについた。
疲れていたので、僕は緊張していたにも関わらず、すぐに深い眠りに入った。
深い眠りの中で僕は夢を見ていた。
夢の中で、凄まじい音を立てながらピカリピカリと稲妻が光っていた。
その光る稲妻の中に、お父さんがいた。
お父さんはセラミックナイフを握りしめ、僕に何か叫んでいた。
でも、何を叫んでいるのかは聞き取れない。
何かを警告しているのかもしれなかった。
やがて、稲妻がなくなり、お父さんの姿も消えて、真っ暗になった。
音も聞こえない、光も見えない、真っ暗闇の中に僕は居た。
僕は恐ろしくなったけど、やがてはその「恐ろしい」という感情も消えてなくなった。
そこは何もない「無」の世界だった・・・・。
その「無」の世界では僕という存在すら消えてなくなっていた。
僕は冷や汗をかきながら目を覚ました。
まだ夜中で、夜の虫が鳴いていた。
ふとフレムの方を見ると、フレムは物も言わず僕をじっと睨んでいた。
僕は少しゾッとなった。
フレムの背後に、さっき夢で見た、何もない暗闇が広がっているような気がしたからだ・・・。
――――続く
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