悔しがり探偵、歴史編 勝海舟と足利義満

悔しがり勝負先攻 勝海舟

先日、「猫丸の地球見聞録」で坂口安吾「不連続殺人事件」が取り上げられ、最後に「明治開化 安吾捕物帖」についても少し書かれていた。猫丸さんによると「勝海舟が悔しがる」話だというが、これが本当にその通りで、しかもとても面白いので、ここで少し詳しく紹介したい。

猫丸が「ジャケ買い」ならぬ「タイトル読み」した推理小説、坂口安吾著「不連続殺人事件」の魅力を紹介します。

話の案内役は、町道場の主、泉山虎之助。このところ探偵に凝っていて、事件と聞くと駆けつけて解決しようとする。しかしそこについてくるのが隣に住む結城新十郎、こちらは洋行帰りのハイカラな紳士探偵、めっぽう頭が切れ、いつも虎之助より先に鮮やかに事件の謎を解いてしまう。

そこで虎之助は何とか新十郎の鼻をあかそうと、心酔する勝海舟の隠居所へ、お知恵拝借とばかり上がりこみ、事件のあらましを話しに行くことにする。さすが海舟先生、話を聞いてたちどころに謎に道筋をつけるのだが、虎之助がなるほど、と事件現場に取って返すと、新十郎が一足先に真相を解明し、事件を解決してしまう。勝海舟の推理は肝心なところで少し違っていて、正しく謎を解くのはいつも新十郎の方。それを後から聞いて勝海舟、悔しがる。

以上のようなお決まりのパターンで次々と事件とその解決が描かれる連作短編だ。

事件を通して描かれる明治初期、鹿鳴館の頃の風俗も興味深く、解決編も面白いが、やはり勝海舟のキャラクターがいい。

海舟先生、話し方は江戸っ子のベランメー口調だがハイカラなところも大いにあり、推理を組み立てがてら、虎之助に珈琲をすすめてくれたりする。

「カヘーがさめるぜ。それがさめちゃア、まずいものだ」

などと言って。

悔しがり方も、さすが新十郎と認めてみたり、負け惜しみを言ってみたりするわけだが、何とも言えない愛嬌があり、なかなかの名言も飛び出す。いつも負ける役だというのに、勝海舟が何者か、その名前すら知らずに読んでも、愉快でほんのりと良い印象と共にその名前がインプットされそうな描き方だ。

歴史探偵は人気者

さて、歴史上の実在の人物をフィクションの中で活躍させるという物語は数多い。「探偵もの」もかなり多い。

例えばテレビドラマ『水戸黄門』だ。探偵とはちょっと違うかもしれないが、事件を次々解決しているのでここに入れてしまおう。黄門様、水戸光圀こと徳川光圀は、実際に諸国漫遊の旅になど出ていないらしい。だが、徳川光圀が何をしたかまったく知らなくても、助さん格さんは誰でも知っているという奇妙なことになっている。

映画の世界を見ても、先日「好きな映画をもう一本!」で紹介された映画『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』は、空海と白楽天が殺人事件の謎に挑む物語だというし、

昨年秋ごろネットで、あの中国の巨匠チェン・カイコーが染谷将太を主演にして「空海」を撮っているという記事を読んだ時は心が躍ったものだ。巨匠と日本の新鋭若手俳優。何という組み合わせ。この監督なら、中国の風土を映像の中にたっぷりと生かし、青年空海

山下奉文を探偵役とした、水野晴郎監督・主演『シベリア超特急』などという迷作もある。


「歴史探偵」の登場する小説も多い。好きなものだけ挙げても、

平賀源内が探偵、久生十蘭著『平賀源内捕物帳』

チャールズ・ダーウィンが探偵、柳広司著『はじまりの島」

シュリーマンが探偵、同じく柳広司著『黄金の灰』

など色々ある。歴史上の人物を、知名度やすでにあるイメージだけを借りてくるのではない方が断然好きだ。その人物を主人公とした必然性をどう描くか、どのようなキャラクターに設定し、どんな役割で小説の舞台に当てはめるのか、舞台は史実にどれほど近づけるのか、などに作者は腐心するに違いない。そこに個性が出てとても面白い。

実在の人物を探偵役とすると、他の登場人物が全部架空では今ひとつ面白くないという場合もある。その際、脇役や悪役を誰にするのかは大問題となるはずだが、「明治開化 安吾捕物帖」のように、探偵役は架空の人物、「悔しがり役」になぜか実在の人物を持ってくるというのはかなりのレアケース、ここもさすがと思わされるところだ。

悔しがり勝負後攻 足利義満

さて、「悔しがり勝負」に話は戻る。

「悔しがり役」にされた実在の人物といったら、実はもうこの人しか浮かばないくらいだ。探偵ものとは少し違うが、困難を解決する「知恵比べもの」ということで紹介したい。

それはテレビアニメ『一休さん』の、足利義満だ。

このアニメは大変人気があり、もちろん時期は限定されるが、何度も再放送されたようなので、比較的幅広い年代に知られているのではないだろうか。

一休さんの悪夢

アニメではとんちのきいた可愛いお坊さん「一休さん」も実在の人物で、一説によると父は後小松天皇、母はてるてる坊主。

というのは嘘で、母は藤原氏の女性との説が濃厚。

一休は、僧侶でありながら「釈迦といふ いたづらものが世にいでて おほくの人をまよはすかな」という言葉を残すなど相当の変わり者だったらしい。

それはさておき、『一休さん』で主人公の一休を金閣寺に呼び出してとんち勝負を挑み、いつもギャフンと言わされては、毎回「おのれ一休のやつ〜!!」とキンキラの派手な着物で地団駄踏んでいるのが足利義満。素直に負けを認める潔い一面もたまに見せるとはいえ、わがまま、気まぐれ、子供っぽいと三拍子揃った困った人と描かれている。

将軍ともあろうものが子供相手に一体どういうことだろう。

この足利義満という人は、室町幕府の体制を確立、その黄金期を築き、金閣寺を建てた三代将軍として誰もが知る人物でありながら、今ひとつ人気がない。ちゃんとした理由は他にもあるのだろうが、この罪作りなアニメ「一休さん」もまた一役買っているのではと勘ぐらずにはいられない。

義満と一休がとんち勝負をしたという史実はないが、時は南北朝時代、足利将軍家は北朝を支持、義満は一休の父と伝えられる後小松天皇を傀儡に権勢を振るった。一方、一休の母と伝えらる人物は藤原氏、南朝の高官の一族だというから、周辺には複雑な対立関係がありそうで、もはやよくわからない。アニメの元となっている「一休咄」がそもそも南朝びいき・アンチ義満の物語なのだろうか。

ちなみに黄門様こと徳川光圀も、南北朝時代の南朝こそが天皇家の正統という立場を取り、北朝を支持した足利尊氏などひどい悪者扱いだったというから、「助さん格さん」の黄門様と「おのれ一休〜!!」の将軍義満には、ただならぬ因縁がある。生きた時代は違うが、もしかしたらフィクションの世界でこの二人は戦い続けているのかもしれない(今かなり光圀優勢。歴史は勝者が塗り替えるもの、今後どうなる?)。

こんな商品も流通しているくらいなので、アニメの影響かはわからないが、「一休さん」は今も人気者のようだ。

足利義満には受難のアニメだが、とても面白かった記憶があるので、ぜひもう一度見てみたい。

というわけで、「悔しがり勝負」、インパクトでは足利義満だが、やはり技ありで勝海舟・坂口安吾の勝ちとしたい。


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