リセット食物のすすめ

リセットしてくれる食べ物ではなく……

こんにちは。ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
体の中の悪いものや悪い習慣をリセットし、デトックスする食べ物、みたいな情報を求めてここへたどり着いた方には残念なお知らせですが、これはまったくそうした内容の記事ではありません。何の役にも立たないこと請け合いです。でもこれも何かのご縁、役には立たないけれど面白いことを思いつくかもしれません、しばし留まり、読んでいただければ幸いです。

めずらしく自己紹介と挨拶みたいなことを書いてみた。
早速、「リセット食物」とは何なのかを説明したいところだがその前に、もし、「人類の歴史」が初期条件はそのままにリセットされたとしたらこの世界はどうなっているか、考えてみてほしい。
地球上に、人間活動によるもの以外は今と同じように起こる。遡るのは人類誕生の頃までだから、恐竜が絶滅していないなどの可能性はなく、人間以外の生物圏はそれほど変わらないものとする。人間が協力と闘争を繰り返し、小集落だったグループが大きくなり、次第に「国」のようなまとまりを作る、そんな歴史だってなくなるかもしれないが、どちらかというと同じことを繰り返す確率は高い。だが、人間界での偶発的な出来事はもう起きないかもしれない。現状とまったく同じ世界が再現される可能性はとても低い。少なくとも、何かは変わっているだろう。
リセットされて現在に至った世界をのぞいて見られるとして、どんなことが気になるだろうか。
今と同じ自分が存在しているかどうか?
日本という国はある?あるとしたらどんな国?
やっぱり地球温暖化はしている?
個のアイデンティティ、国のアイデンティティ、環境問題、とありそうで真面目そうな答をとりあえず挙げてみたが、意外と、もっと些細なことが一番に浮かぶかもしれない。

リセットされた食べ物の話なのです

私がとっさに思ったのは、食べ物のことだった。
魚介類のたくさん入っているサラダを食べながらこの問いを思いついたからだろうか。
もっと詳しく言うと、「イクラより小さなプチプチした赤い魚卵、何ていうんだっけ?あれの乗った軍艦巻きは美味しいよな」と考えながら、同時に「人類史がリセットされたら何が変わるだろう?」と考えていた。同時に二つ以上のことを考えると高確率で混ざる。単にそのせいかもしれない。私が思ったのは、「お寿司という食べ物は東南アジアのなれずしが起源で、それを真似て酢飯に魚を乗せたものだと聞くから、人類史がリセットされたら、なれずしという食べ物がまた生まれたとしても、今のお寿司はちょっと違うものになっているかもしれない。少なくとも、形が違うとか入れるものが違うとか、それくらいのことはあるだろう」ということだった。「それは大変だ」とも思った。
続けて、「麺類も細い麺と太い麺、平たい麺の勢力分布が変わっているかもしれないし、穴の開いたマカロニがなくなっているかもしれない。ギョウザやシュウマイの形も変わっているかもしれない。これは大変なことだ!」と思った。

ちょっと待て。落ち着け。
と、これをお読みの方はお思いだろう。私も一応、思った。
私はそんなに寿司好きだったか?寿司といえば現代日本食のアイドルだ。日本に生まれ育った人間として人並みに好きではあるが、そんなに「寿司LOVE毎日寿司でも大丈夫!」ってほど熱烈な寿司好きでもないのになぜ?
……という以前の問題だ。
もし関ヶ原の勝敗が逆転していたら。もし坂本龍馬が生きていたら。といった類の、クリティカルポイントを反転させるようなあり得ない歴史の「もし」にはあまり興味がない。とはいえ、もう少し大事なことがいくらでもあるだろう。
食べ物のことしか思いつかないのはまあ、いい。食べるの大好きだし食べ物は大事だ。むしろ自分を褒めたいくらいだ。それはいいとして、また百歩譲って寿司LOVEだとして、お寿司の形よりも、リセットされた世界で、そもそも米を栽培して主食とするに至っているか、発酵させた「なれずし」スタイルを離れて酢飯を作る習慣はあるのか、発酵調味料である「醤油」は今と同じ味のものが存在しているか、刺身で食べるような魚は今と同じ種類のものが好まれ、流通しているか。わさびは食べられているか、すりおろして薬味にするという今と同じ文化はあるか。などなど、どちらかというと「味」を左右する問題の方が、寿司の「形」より余程大事じゃないだろうか。
しかし私はとっさに「形」が気になったのだ。さらには麺類の形とギョウザやシュウマイの形。あれらの形は食感や作りやすさを考えての唯一の正解では必ずしもなく、偶発的要素が入っている気がする。だから人類史がリセットされたら少し違う形になるだろう、それは大変だ。
そんなに大変か?と冷静になれば思えるが、きっと大変なのだ。私にとっては。
思いがけず「食べ物の形」に強い愛着を持っているという発見をしてしまった。

余談のリセット古墳

きっと人類史をやり直して、なぜか同じ「私」がここにいたとしても、違う形の寿司を「お寿司は美味しいな」と言って食し、違う形の麺を「麺類最高」と言って食し、違う形のギョウザを「この世の中心はギョウザではないか」などと言って食し、楽しんでいることだろう。そしてその時の私は、その世界での食べ物の「形」に自分でも気づかない愛着を持っていることだろう。本質的じゃないけれど気づかず愛着を持つ対象が私にとって「形」みたいなものなんだろう、と思った次第だ。

以上のようなわけで、人類史リセット遊び、とても面白かったのでぜひおすすめしたい。
ちょっと大げさすぎる問い、選択肢が多すぎてどういう種類の答を返すべきか悩むような問いを、考え込みすぎずにさっと答えるというのが、思いがけない自分の性向を知って楽しむポイントかもしれない。
宇宙史リセットや地球史リセットなどスケールを上げても想像力を駆使した遊びとしては面白いが、地球生命や人類が誕生しない、誕生するが速攻滅びる、などの可能性もかなり高く、なかなか日常の気づきに下りてこない難点があろう。かといってスケールを小さくして今月リセットや人生リセットなどを考え始めると、わかりやすい願望や反省などの、遊びとはほど遠いものが出てきそうであまりそそられない。
私が魚介のサラダにされたような誘導を敢えて作り、「食べ物」「日用品」などが目に入る状況で考えて、自然と答のジャンルを絞り込ませるのもいい。その「食べ物」「日用品」の何に愛着を持っているかが浮き彫りにされるかもしれない。

さて、余談。このページの先頭、タイトルにした絵についてだが、「前方後円墳」と分類される墳墓がある。読んで字のごとく「前が四角く後ろが円い古墳」という意味だ。この名称も形状も知っていたにも関わらずその二つをきちんと結びつけて考えたことがなく、何となく、「円い方が前で四角い方が後ろ」だと思い込んでいたので、「前方後円墳」という言葉の意味を噛みしめて「円い方が後ろ」と気づいた時にはちょっとした衝撃を受けた。
人類史がリセットされても同じ古墳が存在したとして(こんな面白い形の墳墓には偶発性要素が多く、なくなってしまいそうな気もするが)、「前円後方墳」と名づけられる可能性はあると思う。「前方後円墳」の名称は江戸期につけられたもので、諸説あるが四角い部分には出入口様のものがあり葬列の通り道や儀式を行う場だからそっちが前、円い部分は墓の本体だから奥(後ろ)と考えられていると聞く。だが、後ろから入る建物だってあっていい。たまたま江戸時代に古墳の研究をしていた偉い人が私のような感覚の持ち主ならば、「前円後方墳」になるだろう。「右方左円墳」などもあり得る。
さらに余談だが、100円玉などの硬貨は、絵のついている面が表、「100円」と額面が書いてある方が裏だそうだ。これも人類史がリセットされたら逆転する可能性が高いと見た。
古墳に比べたらどっちでもいいし、お寿司の形に比べたら本当にどうでもいい。
と書いていて気づいたが、やはり私は食べ物の形状に相当愛着があるようだ。

ちなみに下の「古墳クッション」は前から狙っている。サイズも大小、色も緑色だけでなく各色あって可愛い。人類史がリセットされてもこんな面白いの作る人は出てくるだろうか。そう考えると大変貴重なアイテムだ。

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