海の底の事務所

落とし物はたいてい海の底にあります。
どんなものも、高いところから低いところへ、転がり落ちるからです。
山で落っことした水筒のふただって、カラスにつつかれ、タヌキに蹴っとばされ、いつかふもとに下ります。どこかで川にぽちゃんと落ち、ころころ海に流れつき、海の中でもぷくぷくゆらり、長い長い時間をかけ、だんだんに深いところへいくのです。

いちばん深い海の底には、そうした落とし物をあつめ、だいじに保管している事務所があります。ネクタイをしめ、眠そうな目をした、タコのようなイカのような管理人が、ひとりで働いています。
ひっそり静かなこの事務所に、ぽつりぽつりと、落とし物を探しにくる人たちがいます。ほとんどはお年寄りです。なぜだか、年を取ると、子どものころになくした物を、探してみたくなるのです。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは」

管理人とあいさつをかわし、受け付けのノートに、名前となくした物を書きます。なくした物の特徴を、できるだけくわしく話します。

「いすに腰かけて、しばらくお待ちください」

管理人はそう言って、おくのドアをあけ、倉庫に入っていきます。
十分で探し物が出てきたなら、運がいいと思うべきでしょう。一時間以上待って、つい、こっくりこっくり始める人もいます。それでも、管理人をのろまと呼んではいけません。倉庫にどれほどたくさんの落とし物が眠っているか、だれにも想像のつかないほどなのです。

「お待たせいたしました」

タコのようなイカのような管理人は、時間はかかっても、まちがえるということがありません。
前がへこんだ模型自動車、さびの浮いた鉄のコマ、ふたの壊れたオルゴール……、そんな物を受け取るとき、待っていた人たちの顔は決まって、宝物を手にしたように、ひかり輝くのです。

あなたもたいせつな物をなくしたことがありますか?
そう。
でもきっと、まだまだ、早すぎます。落とし物が海の底の事務所までとどくには、何年も何十年もかかるのがふつうです。
いつかお年寄りになって、わくわく探しにいける日を、楽しみに待ちましょう。

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