将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第12回

アサ子は人差指の腹で歩を一つ前に押し出した。なれないから、きれいにピシッと打つなんてことはできない。
(一生けんめいやって負けてもくやしいから、テキトーやろう。どうせ人数あわせにしかたなく出てるんだから)
一回戦の相手は高野団地チーム。張り出された対戦表でアサ子は先鋒というのになっている。大将がカズオ、副将がジュン、中堅がトモアキ、次鋒がトオル、そして先鋒がアサ子だ。
なんだかおおげさだなと思う。確か柔道や剣道の団体戦でこういう呼び名を使うはずだ。昔から日本にあるものはこうなのだろうか。
細長いつくえに五人が並んでの対局で、先鋒のアサ子が右はし、大将のカズオが左はしにすわっている。ちらっと見ると、カズオは背筋をピンとのばし、真剣な横顔で指している。やっぱりなかなか見所のある男の子らしい。

よそ見のせいではないだろうが、気がつくと、敵のコマがアサ子の陣地に入ってきて、コマをぼろぼろ取っていく。王手をかけられて逃げるとまた王手で、そのうち逃げる所がなくなってしまった。これはひょっとして負けたのかなと思うと、正にその通りだった。
対戦表の先鋒佐野(ア)のところに×印、相手に○印がつけられた。ほかでもないわたしの名前に×がつくなんて。テキトーにやった将棋でも、アサ子としてはおもしろくない。

となりのトオルが勝った。へえ、けっこうやるんだ、と弟を見直していると、続いてジュンが勝った。トモアキは負けた。

これで青葉小+1チームと高野団地チームが二勝ずつ、勝負は大将戦にかかってきた。両チームのメンバーがとりまいて注目する。もちろん口を出してはいけない。息をのんで見守るだけだ。

アサ子はうしろの方から見た。カズオの姿勢に変わりはなかった。ジュンはなんのおまじないか、げんこつを自分のおでこに当ててぶつぶつ祈っている。
「勝てよ、勝ってくれよ……」

「どうなの?」
アサ子が小声できくとトモアキも小声で答えた。
「勝ちそう」
よかった。そう思ってからアサ子は、待てよ、と考えた。勝つとわたしももう一回やらなきゃいけないのか。うーん……。

――――続く

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