将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第34回

「そんなのおれだって同じだよ。将棋ばっかやってないで勉強しろってしょっちゅう言われる。親の口ぐせみたいなもんだ。気にするなよ」
「トモアキは将棋だけだろ。だから違うんだ」
「ジュン、じゃ、野球やめろ」
「そりゃこまる。野球好きなんだ」
「将棋好きじゃないのか?」
「いや。でも野球は道具買ってもらってるしさ。バット、グローブ、ユニフォーム」
「どうせ補欠だろ」
「違うぞ。準レギュラーだ。スタメンで出ることだってある」
「いいか、野球の方はジュンがやめても代わりはいくらでもいる」
「平気でひどいこと言いやがる」
「まあ聞け。その点わが将棋チームにはジュンがぜったい必要だ。抜けられてみろ、あとだれがいる? まわり将棋クラブの連中くらいだぜ。とっても戦力にならない。秋の大会目指してがんばってきたおれたちはどうなるんだ? どっちを選ぶべきか、はっきりしてるじゃないか」

ジュンはうんと言わない。うちのそばまで来たが、このままでは帰せない。トモアキはジュンをイナリ町公園までひっぱっていった。
ジュンはベンチにすわろうとしなかった。早くトモアキと別れたがっているのだ。ふいにトモアキの胸をヒヤリと冷たいものが通りすぎた。
「ジュン、おまえ、まさか……」
「なんだよ?」
「おれに抜かれたからいやになったんじゃないだろうな?」
「バカッ、なに言ってんだ、そんなんじゃねえよ」
ジュンの目はトモアキをしっかり見ていない。疑いが確信に変わるのをトモアキは感じた。頭がパニックになった。言いたいことは山ほどあるような気がしたが、出てきた言葉は単純だった。
「――サイテーだぞ」
「違うって言ってんだろ」
「もういい。やめたきゃやめろよ。みそこなった」
からみついてきたジュンの腕をトモアキは乱暴に払いのけた。

――――続く

☆     ☆     ☆     ☆

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>


トップへ戻る