デビュー作は個性的であるべきか?

若い絵本作家さんの個展に行ったときのことだ。その方のデビュー作について興味深い話を聞いた。お世話になっている編集者のアドバイスで、なるべくオーソドックスに作ったと言うのだ。
1作目は作家性を抑えて出版社が出しやすいものを作り、実績がついてきたら作家性を出していけということらしい。
ぼくにはない発想なので驚いた。

ぼくが自分のデビュー作と考えているのは『とんでいく』『ながいながいへびのはなし』だが(参照「二つのデビュー作」)、どちらも明らかにオーソドックスではなく「変わった絵本」である。
そして「変わった絵本」であるからこそ採用になったのだと、ぼくは思っていた。

絵本「とんでいく」作・風木一人 絵・岡崎立 ながいながいへびのはなし 風木一人・作 高畠純・絵

出版社の人は「新しい才能が出てきてほしい」とよく言うが、これはもちろん「新しい個性ある才能」のことであり、既成の作家が作らない絵本を作る人ということだろう。
既成の作家と似た作風だったら、あえて新人を使う理由はない。実績ある作家の方が制作もスムーズだし、売りやすいし、出版社にとっていいことばかりなのだ。

『とんでいく』と『ながいながいへびのはなし』は個性的だったから実績ゼロでも採用されたのだと今でも思ってはいる。
しかし「出版社は新しい作品を求めているか?」という設問はあらためて考えると案外難しい。両面あるように思う。

『へび』を持込んだとき、画面を上下に分ける見せ方に関して「こういうのはこれまでなかったから」と言った編集者がいた。「だから出しましょう」と言ってくれるのかと思ったら違った。「前例がない表現は子どもが理解できるかわからないから出すのは難しい」と続いた。
そういうこともある。

「ながいながいへびのはなし」風木一人・作 高畠純・絵

新しいことは諸刃の剣なのだ。魅力になる場合もあるが落とし穴になる場合もある。断崖を歩き、穴をよけ、すれすれのところまで攻めて宝物を持ちかえるのが創作だと思うけれど、同行してくれる人、ともにリスクを背負ってくれる人がいないとさみしい。

新しさだけが価値ではない。新しさはなくても、しっかりした技術に支えられた良質な作品はある。しかし実績ゼロでそれを出版社に認めてもらうのはけっこう厳しい。
冒頭の方の場合、すでに力のある編集者がついていてバックアップがあるから、個性を抑えても水準に達していれば出版できたのではないだろうか。
ふつうの持込みやコンペではやはり強い個性が必要だと思う。たくさんの中にあってもパッと光を放つような。
そのためには自分の作家性をストレートに出すこと。一番面白いと思うことを絵本にすること。あちこち配慮(忖度?)していたらパワーがそがれるし、それは読者にも伝わってしまう。

人は、一番作りたいものを作るとき最も力が出るものだ。

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「絵本作家の仕事」は毎週木曜更新予定です。
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