絵本の文章を書く4「絵本を一人で作るか二人で作るか」

絵本『たまごのカーラ』は、たまごのカラが主人公である。たまごが主人公の話はいろいろあるが、カラが主人公の話はめったにない。
絵のあべ弘士さんが最初の打合せのとき、おっしゃった。「こんなバッカなこと考えるヤツいるのか!って思った。だから引き受けた」

あべ弘士さんは絵のみ担当することもあるが、お話も絵も両方自分で作られることも多い。文章作家と組んでの仕事を頼まれたとき、「バッカなこと」つまりあべさん自身は考えないような発想が入っていると嬉しくてやる気が出るし、自分が書くのと似たような話だったらあまり気が乗らないとのことだった。
よくわかる。
作家と画家はただの分業ではない。ただ文の得意な人が文を、絵の得意な人が絵を描くのではなく、ふたりの作者がお互いの発想から刺激を受けて、ひとりでは出てこない何かを生み出すことに意味がある。

絵本はひとりの作家が絵も文も作るのが理想だと言う人がたまにいるが、まったく間違っていると思う。
そういう人の言い分は「画家と作家が別だと絵と文の連携に隙が出る」ということなのだが、では映画はすべて駄作なのか? ひとりの人間が監督し出演し撮影した映画はない。必ず多人数の共同作業だ。だから出来が悪いものばかりだろうか? オーケストラはどうか? 演劇はどうか? 建築はどうか?
すべてをひとりの作家が作らなければ傑作にならない。そんなわけはない。それは単に共同作業がうまくいっていないだけだ。良質なコミュニケーションがあれば人間は共同作業で優れたものが作れる。これは論じるまでもなく当り前なことで、そんなこともできないとしたら制作現場としてのレベルが低い。

仮に絵も文も自分で作る絵本作家が10人いたとしよう。10通りの個性の絵本が世に出ることになる。
ここにやはり絵も文も自分で作る作家がひとり加わっても個性は11になるだけだ。しかし文章作家がひとり加わったなら個性は20通りになる。
それがコラボすることの意味であり、絵本の文章作家の存在意義だ。

ただ、編集者にとっては、作家と画家が別の絵本を作るのは手間のかかることだ。文も絵も同じ作者ならひとりと打合せするだけですむのに、別々だと打合せの手間だけでも倍になる。さらに作家と画家の意見が対立したときは間に立って調整しなければならない。同じ1冊の絵本を作るにも大変さが全然違うのだ。

にもかかわらずぼくと仕事してくださる編集者の皆様にはいつも心から感謝しております!

絵本『たまごのカーラ』文・風木一人 絵・あべ弘士 小峰書店

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「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
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