絵本の企画を通す1「依頼と持込みはほとんど変わらない」

編集者から頼まれて書くのが依頼で、自分から原稿を売込むのが持込みである。絵本作家になったばかりの方に「風木さんは依頼があっていいですね」と言われたりする。
でもぼくの実感としては、創作絵本の場合、依頼と持込みはほとんど変わらない。依頼といってもその時点で仕事として確定しているわけではないからだ。

確かに編集者から「風木さんの絵本を作りたい」と連絡いただくことはある。しかしほとんどの場合これは、その編集者個人がぼくの絵本を気に入って、新しいものを書かせようと思ってくれただけで、会社としてのオーケーを取ってきているわけではない。
だから、方向性を打合せた上、ぼくがそれなりの時間をかけて原稿を書き、編集者もそれなりの時間をかけて策を練り、しかるのちようやく企画会議にかけたものの……結局ボツなどということがある。

残念である。とても残念である。が、編集者が企画を通そうと一生懸命やってくれたなら文句は言えない。
すごく腹が立つかというとそうでもない。大切なのは1本原稿が書けたということだからだ。ボツになったなら他の出版社を探せばいい。
いい原稿なら出したいところが見つかるはずだし、いい原稿でないなら自分のせい、ボツで当然だったというわけだ。

例外もある。編集部発の企画シリーズの場合。たとえば日本昔話の有名どころを12冊数年かけて刊行する計画が立っていて、タイトルごとに作家・画家に依頼するようなとき、これはその時点で仕事として確定している。宮澤賢治等名作のシリーズ、食育等テーマ限定のシリーズも同様。
逆に言えば、こういう何を書くべきかはっきり指定されたもので、書いてからボツになったのではたまらない。だったら他社で、とはいかないからだ。
依頼は一つのきっかけで、もともと自分が書きたかったものを書いた場合のみ、「ボツなら他でやればいい」と考えられる。

もう一つの例外は、ぼくのような文章作家の原稿がすでに企画会議を通っていて、その絵を画家に依頼する場合。こちらもまさにその原稿のための(使い回しのきかない)絵をお願いするわけだから、描いてからボツということはありえない。

依頼の時点で確定していればありがたいには違いないが、創作の場合、一行の原稿もないときに企画を通すのは難しい。同じ作家でも出来不出来はあるし、その出版社の傾向と合うかもわからないからだ。
だから、頼まれて書いたのにボツになることがたまにあるのはしかたない。そういうものだ。大事なのはその経験が、編集者との信頼関係にひびを入れるのか逆に深めるのかだろう。

(注:上は1冊ものの絵本の話で、雑誌や新聞の仕事は依頼の時点で確定している。雑誌や新聞は締切りがタイトだから、原稿を見てからボツになんかしていたら穴があいてしまう)

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「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
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