作家にとっての編集者3「新人を育てるのが最高の仕事」

ぼくが勝手に思っていることだが(ここで書いていることはほとんどそうだが)、本物の編集者には条件がある。
「1冊も出版していない新人を起用し、他社からも依頼が来る作家にまで育てる」
これをしたことのない人は何十年の経験があっても本物の編集者ではなく編集者見習いだと思う。(誰にもケンカ売ってませんよ?)

当り前の話だがどんな作家も最初は新人なのだから、新人を育てる編集者がいなければ出版界はあっという間に滅びる。
新人を育てるのが一番大事なのは自明なことだ。
しかしたぶん新人を起用したことが一度もない編集者はけっこういる。理由はよくわかる。大変だからだ。

実績ある作家に頼むのは簡単で、名の知れた出版社の名刺さえ持っていれば誰でもできる。
一方、新人を育てるには見る目と勇気がいる。見る目がなければどんなにがんばっても悲惨な結果になるし、勇気がなければそもそも踏み切れない。
新人の本は売れない。絶対売れないわけではないがたいてい売れない。出版社もよくわかっているから、新人の企画を通そうとする編集者はまず社内で苦労する。
実績ある作家に頼むのと比べたら、企画を通すのに苦労し、本を作るのに苦労し(出版初心者とのタッグだから)、売るのに苦労する(ネームバリューがないから)。

しかし今売れっ子の作家さんだって最初から有名だったわけではない。無名からデビュー、売れっ子となるまでを見守ってきた編集者がいるのだ。
こういう話は実名でないと面白くないので勝手にお名前を出してしまう。西村敏雄さん。西村敏雄さんとは一緒に2冊の絵本を作っているから許してもらえるだろう。

 

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西村さんはぼくと同じく純粋に持込みで福音館書店からデビューした。『バルバルさん』(こどものとも年中向き2003年1月号)がデビュー作である。以後第2作『もりのおふろ』、第3作『どうぶつサーカスはじまるよ』まではすべて福音館の月刊誌絵本だ。

月刊誌絵本は発行部数は多いのだが(当時「こどものとも」は20万部と聞いた)ほとんど直販で一般書店には少数しか並ばないから、どうしても目立たない。
この目立たない月刊誌の時点で西村さんの実力を見抜いたのが、岩崎書店のHさんと偕成社のAさんである。『そこにいますか 日常の短歌』(岩崎書店2006)、『どろぼうだっそうだいさくせん』(偕成社2007)などが出版されている。

2008年3月、『バルバルさん』と『もりのおふろ』が単行本化され西村敏雄さんはいちやく脚光をあびた。翌2009年12月には『うんこ!』(文溪堂)が出てこれもたちまち大ヒット。以後、西村さんには依頼が殺到することになる。

西村敏雄さんと絵本を作った編集者はたくさんいるが、その仕事の価値は同じではない。デビューさせた福音館の編集者が圧倒的に素晴らしい仕事をしている。ついで目立たない月刊誌の時点で認めたHさんとAさんが立派だ。大ヒットしてから頼んだひとたちは行列を見つけて後に並んだに過ぎない。

もちろん行列に並ぶのが悪いわけではない。しかしいつもいつも行列に並ぶばかりではいけないだろう。たまには誰も知らない原石を見つけに行くのが本物の編集者というものだ。
新人をまるで使わない出版社もあるが、それは他社が苦労して育てた作家に、売れてきたら依頼するということで、カッコ悪い。

新人を起用し、すぐ売れなくても2作目3作目とよりそい、真摯に話し合い、作家のうちにあるよきものを引き出していく。そういうことのできる編集者がいてほしい。たくさんでなくていいから。少数でもいてくれればきっと何とかなる。

というようなことを尊敬するベテラン編集者Uさんに、生意気は承知で話していたら、「作家が編集者を育てるということもありますよ」と言われた。
Uさんにはときどきこういう井戸の底に小石を落とすような言葉をいただく。
そう、デビューしたころは自分より絵本歴の長い編集者とばかりつきあっていたが、いつのまにか若い、絵本編集部に来たばかりというような人とも仕事するようになった。いまは自分より年下の編集者の方が多いかもしれない。
いい影響を与えてもらうだけでなく、いい影響を与えることも考えなければいけない年になったのだ。

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「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
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