その日その書店でその本が売れたのは奇跡だった。

絵本の仕事を始めたころ、こんなふうに聞いた。「1年間に約3000点の児童書が出版され、そのうち絵本は約1000点」
大変な数である。この数はその後増えこそすれ減ってはいないような気がする。
よいことかといえばそうではない。
書店の絵本コーナーの広さは決まっていて、次々新刊が出るからといってぜんぶを置くことはできない。するとどうなるか。まったく置かないか、置いても短期間で返品するかだ。
書店にない本はもちろん売れない。読まれない。どんなにすばらしい内容であっても。
そういう状況が長く続いてしまっている。

ずっと昔からというわけではない。
1970年代には子どもが今の倍ほどいた。児童書がよく売れたから児童書コーナーは広かったし、刊行点数が少ないから新刊は長く目立つところに置いてもらえた。
読者の目に触れる機会が充分あれば、正しい選択が働く。存在も知られず消えるのではなく、見られ読まれた上で、残るものと消えるものが決まるのだ。
出版社も作家も、大量の刊行点数がいいこととは思っていないだろう。しかし自分は減らしたくない。よそが減らせばいいのに、と思っている。八方ふさがりだ。絵本だけでなく出版界全体の問題だが。

大量刊行の弊害は本の中身にも及ぶ。わずかな期間でも平台に置いてもらうために、そのわずかな期間のあいだに手にとってもらうために、目立つことが最優先になる。
大型書店の絵本コーナーに行って、ずいぶん奇抜な本が増えたなあと感じる方は多いだろう。奇抜でも質が高ければいいのだが、ただただ目立とうと刺激を強くしたものは困る。
刺激というのは相対的なもので、まわりがギラギラしてきたらもっとギラギラしないと埋もれてしまう。エスカレートする一方で、いずれ繊細な味がわからなくなる。食べ物といっしょである。

この程度のことは絵本の仕事をしている人たちはみんなわかっていると思う。しかし状況によって好ましくない方に追い込まれている。
何か知恵を出さねばならない。誰かが、ではなく、自分が。一人一人が自分のこととして考えなければならない。

書店で自分の本が売れた瞬間を目撃したことが数度ある。イベント等でなく、たまたま寄った書店でというのは極めて珍しく、ぼくにとっては「隠れてガッツポーズ」級の事件である。
ぼくのような地味な作家の本は小さな書店にはなかなかない。大きな書店でもどーんと積んであることは稀で棚に1冊2冊ひっそりあるのが通常だ。
それを選んでくれる人がいる。すぐ近くに『ぐりとぐら』も『はらぺこあおむし』も『100万回生きたねこ』もあるのに、わざわざ『ながいながいへびのはなし』や『たまごがあるよ』を選んでくれる人がいる。
どんな理由で、どんな気持ちで選んでくれたのだろうと想像する。もちろんわからない。
ただ、1冊売れるのも大変な、奇跡のようなことだと感じる。

今日も書店ではそういう奇跡がたくさん起こっているのだ。

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1月1日はお休みします。次回更新は1月8日(月)です。どうぞよいお年をお迎えください。
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