絵本翻訳について3「作家と翻訳家の立場の違い。翻訳家には何の権利もない?」

翻訳の仕事にも持込みと依頼がある。違いは、訳すべき本を誰が見つけてくるかだ。
翻訳家がみずからリサーチして「これは」という本を見つけ出版社に提案するのが持込み、出版社がリサーチして出版したい本を見つけ相応しい翻訳家を探すのが依頼である。

あるとき大変ユニークな物語絵本を見つけ、ざっと調べたところ邦訳はまだ出ていないようだったので、絵本にしては長めの文だったが全訳し、まだ仕事したことのない出版社に持込んだ。
担当者をAさんとしておこう。Aさんはすぐ気に入ってくれ、版権エージェントに翻訳権の調査を頼んだ。翻訳書を出すときは原書の著者と出版社の了解が必要で、そのためのやりとりは専門の会社(版権エージェント)が行なうケースが多い。
翻訳権はさいわい空いていた。オファーにもオーケーが出て、企画は進められることになった。
そこまではよかったのだ。
訳文のブラッシュアップ作業でつまずいた。
最初見せたものは仮訳だから、ぼくもベストとは思っていない。迷いや悩みがありながら、あとでじっくり直そうと棚上げしている部分もある。
だからAさんに気になる箇所を指摘してもらうこと自体は歓迎なのだが、何度か意見交換を重ねるうち、どうも違和感が大きくなっていった。
Aさんがどう直してほしいのか、自分は理解できていないという気がした。だから何度直してもオーケーが出ない。
話し合った結果、部分的に「具体的な対案の訳文を出してもらう」ことになった。
Aさんは「こんなことしたくないのだけれど」と言ったし、ぼくもそんなことしたくはなかった。
しかしおかげでよくわかった。ぼくがいいと思う文章をAさんはいいと思わないし、Aさんがいいと思う文章をぼくはいいと思わない。文章に対する感覚がまるで違ったのだ。
よくないと感じる方に直すことはできない。
結局ぼくは降り、その絵本は他の人の訳で世に出た。シリーズ化され続刊が出ているからたぶん好評なのだろう。

これに類することは創作の仕事でもまれにはある。20年近くやってきて数度あった。もちろん無念だが、どちらも自己の信念に忠実で妥協しなければそうなるしかない。
しかしこのとき創作と翻訳では事情が大きく異なる。創作の場合、いったん企画が流れても、作品自体は作家のものだ。ほかの出版社での刊行を目指すことはできる。
翻訳はそうはいかない。著作権を持っているのは原著者であり、日本での翻訳権を持っているのは出版社だ。翻訳家は作品に対して何の権利も持っていない。そこまでの努力は完全にゼロになる。

翻訳書出版において一番重要なのは優れた本を見つけてくることだ。翻訳だって重要だが、優れた本を見つけることと比べたら些細なことと言っていいくらいだ。
翻訳書のできは原著がいいかどうかにかかっている。プロが訳す以上、傑作が駄作になったりはしない。駄作が名訳によって傑作になったりも決してしない。

最初の選択でほぼ勝負は決まるのだ。

その一番大事なところを、依頼の場合は出版社がやっているが、持込みの場合は翻訳家がやっている。にもかかわらず何の権利もない。途中で決裂したらすべて失う。翻訳家の立場はとても弱いと言わざるを得ない。

☆     ☆     ☆     ☆

4月12日~4月24日、池袋でイベントを開催します。展覧会&トークショーです。ご来場お待ちしております。
ホテル暴風雨2周年記念イベント「心しか泊まれないホテルへようこそ」

「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
ホテル暴風雨の記事へのご意見ご感想をお待ちしております。こちらから


スポンサーリンク

シェアする

フォローする

トップへ戻る