絵本翻訳について4「持込み不採用でもチャンスはある」

去年の春のことだ。BL出版のTさんから電話があった。絵本翻訳の依頼だった。正直ちょっと驚いた。
Tさんには、ぼくが訳したい絵本を数冊お見せして検討してもらったことがあったが、もう5年も前のことだったからだ。
そのときは残念ながら不採用で、その後年賀状のやり取りだけしていて、毎年「今年はお仕事ご一緒したいです」と書いてくださってはいたが社交辞令だと思っていた(スミマセン!)。

なぜ今ごろ?という疑問に対する答えは作品にあった。
つないでくださったのはTさんだが、実際担当されるのはUさんで、まずPDFで絵本の画像を送っていただいた。
一読して「そういうことか!」と思った。
Britta Teckentrup「Little Mouse and the Red Wall」は以前ぼくが持込んだ絵本にどこか似ていた。具体的なテーマや題材ではなく、手法が共通していた。その手法は哲学的なテーマを子どもの本であつかうための手段としてかなりユニークなものだった。
つまり、5年経っていても、ぼくがどんな絵本を持込んだか、どんな訳文を書くか、ちゃんと情報が蓄積されているのだ。文書で残っているのか、Tさんの頭に残っているのかはわからない。とにかく新しい企画の翻訳者を探すときのリストにはあって、今回ありがたくも思い出してもらえたことになる。

BL出版は神戸の出版社である。Uさんが上京された際、初めてお会いして打ち合わせした。
なぜぼくに頼んでくれたのかを訊ねてみると、やや意外なことをおっしゃった。
Uさんは翻訳家を探すとき、まず女性翻訳家か男性翻訳家かを考えることが多いという。決めつけるわけではないが、やはり女性らしい訳文、男性らしい訳文があり、どちらが相応しい作品かを早い段階で見極めると。
そして「Little Mouse・・・」は男性だなと思った。しかし、典型的に男性的というより、女性的な部分もあった方がいいとも感じられたという。
編集部でとなりの席のTさんに相談すると、Tさんが「風木さんがいる」と言ってくれたらしい。
Uさんはあらためてぼくの著書や訳書を読んだ上で、決めて、依頼してくれたわけだ。

そういうしぼり方をするのか、と大変興味深かった。ぼくは、女性らしい訳文、男性らしい訳文という視点を持ったことがなかった。
もちろんこれはUさんのやり方で、他の編集者はまたそれぞれ別のやり方を持っているのだろう。
ひとつ思い出したのは、昨年、第3回日本翻訳大賞の「翻訳ナイト中間発表会」に行ったときのことだ。翻訳家でパネリストの柴田元幸さんが「ジェンダー・階級・人種」は越え難いという発言をされた。
自分が属する「ジェンダー・階級・人種」の言葉しか訳さないという翻訳家は多分いないだろう。それではあまりに狭すぎる。しかし柴田元幸さんほどの方でもこの3つには困難を感じるというのだから、やはり訳文の女性らしさ男性らしさというのはあるのだろう。
ぼくがあまり意識してこなかったのは、絵本しか翻訳していないからかもしれない。

かべのむこうになにがある? ブリッタ・テッケントラップ作 風木一人訳 ビーエル出版

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(ブリッタ・テッケントラップ作 風木一人訳 BL出版)
※次回は『かべのむこうになにがある?』の中身に触れます。

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「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
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