絵本の文章作家は「作家と編集者の中間くらいの仕事」である。

ぼくは編集の仕事も少しだけしている。すでに出た本が1冊、取り掛かり中の本が2冊。ほかに電子書籍の編集制作にも手を出しているがこれは紙の本とは分けて考えよう。

「なぜ編集を?」と訊かれる。面白いからだ。
編集者から作家になった人はじつは多い。『だれも知らない小さな国』の佐藤さとるさんは実業之日本社の、『ぼくは王さま』の寺村輝夫さんと『カモメの家』の山下明生さんはあかね書房の編集者だった。
作家から編集者になった人はたぶん少ない。不均衡の理由はなんとなく想像できるけれどここには書かない。
ぼくは作家として担当の編集さんと話しているうちに「この人たちは面白い仕事をしている!」と思うようになった。そしてやってみたくなった。

乱暴に分類するなら、作家は自分の才能で本を作る人で、編集者は他人の才能で本を作る人だ。
これは優劣ではもちろんない。自分の才能を発揮するのがすばらしいことであるのと同じくらい、人の才能を見出し育て開花させるのはすばらしいことである。
ぼくは絵本の文章作家だから、文は自分で書き、絵は人に描いてもらってきた。ということは、もともと半分は人の才能で絵本を作ってきたのだ。

絵本の文章作家は、作家と編集者の中間くらいの仕事だと思う。頭の先から足の先まで作家タイプの人にはたぶん向いていない。
作品の隅々まで完全にコントロールしようとする人には、小説家や画家など適したジャンルがあるし、絵本なら絵も文も自分ひとりで作るのがいいだろう。
文章のみ担当するなら「まかせる」感覚が必要になる。「まかせる」ことが不安であるか、それとも楽しみであるか。そこが分かれ道なのではないか。
ぼくはいつも「この人なら素晴らしい絵を描いてくれる」と信じる人に頼んでいるから、「思い通りの絵でなかったらどうしよう?」と心配するより、「どんな絵を描いてくれるだろう!」と楽しみにしている。

文章作家の大事な仕事は、画家の力を引き出すことだ。すぐれた絵本の文章とは、画家がいい絵を描ける文章だといってもいい。
もともといい絵を描く人であることは知った上で、しかしもっといいものを見たい、あるいは今までと違う新しい面を見たい、と思って依頼する。
明らかに他人の才能の活用であり、うまくいったときの喜びは、作家的というよりプロデューサー的な喜びだ。
あと一歩踏み出して、文章も自分以外の人に書いてもらえば、それはもう編集者の仕事となる。

もともといいお話を書く人であることは知った上で、しかしもっといいものを読みたい、今までと違う新しい面を見たい、と思って依頼する。
期待通りの原稿が出てきたらこれにぴったりの画家を探して依頼する。
好きな作家に書いてもらい、好きな画家に描いてもらい、新しい絵本ができる。これが夢でなくてなんだろう!
ぼくが編集者をやりたいのはこういうわけです。

絵本「ちゃっくりかき」中澤 智枝子(再話) 五足 萬 (著) 保立 葉菜 (絵) 大隅書店

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――とはいえ、やりたいと思っているだけではできない。どうした経緯でぼくは編集の仕事をできることになったのか?
次回は編集を担当した絵本『ちゃっくりかき』(中澤智枝子・再話 五足萬 ・著 保立葉菜・絵 大隅書店)の制作過程をお話しします。

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「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
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