絵本の勉強法2「アイデアの探し方。流れ星をつかむ」

どうすればいいアイデアが浮かぶのか、とよく訊かれる。簡単な方法など知らない。もしあったらこっちが聞きたい。
それでもいいアイデアを得るためにやっていることはいろいろある。アイデアがなければ作品が作れないのだから当然だろう。

発想法に関するぼくの基本的考えは「偶然の力を借りる」ということだ。いいアイデアは実力だけで出るものではない。
創作のひらめきは流れ星に似ている。
流れ星は人間の意志とは無関係で、世界の皇帝陛下といえども、ある夜ねらい定めた時間に星を流れさせることなどできない。
できるのは流れたとき見逃さないようにすることだ。
そのための手段はいろいろある。まずは夜空を見上げること。テレビやスマホを見ている人は絶対流れ星を見られない。流星群が来る夜をえらべば確率は何百倍になるだろう。空気がきれいな場所に出かけていけばさらに確率は上がる。
ほとんどの人は流れ星を見逃すが、努力した人はそのうち「あ!」という瞬間に出会う。

創作もいっしょだ。いいアイデアは深海の底とかヒマラヤの山中に隠れているわけではない。そのへんに転がっていて、誰もが目にしているのに、ほとんどの人はただ通り過ぎ、あるとき一人の作家が「あ!」と叫んで拾い上げる。

「わたしドーナツこ」井上コトリ ひさかたチャイルド

【amazonで見る】

『わたしドーナツこ』(作・井上コトリ)という絵本がある。ドーナツと深い関わりのある絵本なのだが、作者はあとがきで「ドーナツは穴があるからかわいい」と述べた上で、次のように言う。

「ドーナツ自身はどうなんだろう? 身体の真ん中に、ポカンと穴が空いているなんて、すごく不安で心細いのではないだろうか?」

これが作家である。毎日世界で1億人くらいがドーナツを食べていても、このように感じる人はほぼいない。井上コトリさんは準備ができていたのだ。

出会ったとき気づけるように感度を上げておくことが重要だ。
感度を上げるとは自分を知っておくことである。自分を知らない人は大切なものが目の前にあっても気づかず通り過ぎてしまう。

発想法に関する基本的考えのもう一つは「ネタは自分の中にある」ということ。何か面白いものはないかと外ばかり探してもしかたがない。外にあるのは刺激、きっかけであって、それによって自分の中から呼び出されてくるものが本体、書くべきものである。
こう考えればいい。今日出会うものは一日分である。これまで出会ったものは何十年分である。どちらが豊かであるかは比べるまでもない。誰もが自分の中にすでに充分な蓄えがある。あとはそれをどう使うかの問題なのだ、と。

好きなワークショップに「最古の記憶」というのがある。思い出せる最も古い記憶を書き出してもらうのだ。1歳未満の記憶があるという人もいれば小学校に上がってからしか思い出せないという人もいる。古い記憶はあいまいで、本当の記憶か、あとから聞いたことかも判然としないのが普通だから、いかに幼いころまで覚えているかを競うわけではない。
大事なのは、すぐ思い出せる範囲で満足せず、もう一歩がんばってみること。覚えているような覚えていないような、記憶のような後聞きのようなもやもやしたところと格闘してみる。想像や推測も自然と入ってくる。創作のための訓練なので、事実と想像が混ざってしまってもかまわない。

書き出したら、その場にいるメンバーで共有する。たがいに感想を述べたり、質問し合ったりする。なかなか面白い発見があるので試してみてほしい。4人もいれば充分盛り上がると思う。
このワークの目的は自分の記憶とアクセスする訓練、つまり自分を知ることだ。自分をいかに知らないかを知ること、になる場合もある。

最古の記憶でなくてもいい。最近のことでも思い出せないことはたくさんあるだろう。昨日の晩ご飯は何だったっけ? 思い出せないことを思い出してみる。そういう習慣をつけると自分を一段深い層で見られるようになる。当り前だと思っていたことが当り前でなくなってくる。

こういうことは創作に役立つのだが、じつは創作以外のことにもけっこう役立つ。

☆     ☆     ☆     ☆

「絵本作家の仕事」は毎週月曜更新予定です。
ホテル暴風雨の記事へのご意見ご感想をお待ちしております。こちらから


スポンサーリンク

シェアする

フォローする

トップへ戻る