喜びとともに出会う。赤ちゃん絵本『いっぱい いっぱい』(絵・Terry Johnson(湯村輝彦)こどものとも012 福音館書店)

福音館書店の月刊絵本「こどものとも」は年齢別に4誌ある。赤ちゃん向けの「012」に始まり、「年少版」「年中向き」、そして年長向きと書いてはいないが年長向きの「こどものとも」だ。
「012」と「年少版」を担当するのがこどものとも第2編集部で、「年中向き」と「こどものとも」を担当するのがこどものとも第1編集部。
ぼくは第1編集部のIさんと『とんでいく』を作っているときに『いっぱい いっぱい』のアイデアを思いつき、まずはIさんに見せて、それから第2編集部のSさんにつないでいただいたのだったと記憶している。

絵の Terry Johnson は「ヘタウマの巨匠」湯村輝彦さんの別名義。
Sさんから湯村さんにお願いしたいと言われたとき、正直ちょっと驚いた。赤ちゃん絵本に合いそうなイメージではなかったからだ。しかし結果的には湯村さんらしさは保ったままに赤ちゃん絵本として違和感ないものができ、Sさんの見る目と、湯村さんの柔軟性に感動した。
Sさんは「湯村さんはちょうどお孫さんが赤ちゃんなんですよ」ということもおっしゃっていた。Sさんは湯村輝彦さんの作品が好きで、いつか絵本を頼みたいとタイミングを計っていたのだろう。

「鳴き声の絵本ですね」と言われることがある。間違ってはいない。鳴き声が大きな魅力になっている。しかしぼくの狙いはそこにない。
ぼくにとって『いっぱい いっぱい』は数の絵本なのだ。最も初歩の数の絵本。
数の絵本といえば「数え歌絵本」がポピュラーだ。ネコが1匹、イヌが2匹、ネズミが3匹……というパターン。
しかし10まで数える前にもっと初歩があるだろう。単数か複数かだ。ひとつか、いっぱいか。これをやってみたかった。
表紙をめくるとイヌが1匹いて「うぉん」と一声。めくるとイヌがいっぱいいて「うぉんうぉんうぉんうぉんうぉんうぉんうぉん……」とにぎやかに鳴く。同じパターンでネコ、ニワトリ、カエルと登場する。
1匹がめくるといっぱいになる嬉しさを共有したかった。

お話絵本と科学絵本という分け方がある。科学絵本は知識の絵本と呼ぶこともある。物語を楽しむことに主眼があるか、知識を得ることに主眼があるかの違いだが、対象年齢が下がると境界があいまいになってきて、赤ちゃん絵本ではほとんど分ける意味がない。

科学絵本のよしあしは「そこに喜びがあるか」で決まる。
ただ知るのと「喜びをもって知る」のは全然違うのだ。
世の中に単数と複数があることは誰でもいずれ知る。誰でも1から10まで数えられえるようになるし、物の名前を覚えるし、「ありがとう」や「ごちそうさま」が言えるようになる。
しかし最初の最初にそれらと出会うとき、そこに喜びがあったかでたぶん一生が違ってくる。
早く知ることが大事なのではなく、喜びをもって知ることが大事なのだ。
1匹がいっぱいになる喜びを、何度も味わってほしくてこの絵本を作った。

このころは絵描きさんと会わずに作ってしまうことも多かった。編集さんが仲介してくれるから直接会わなくても問題はないのだ。ただやはり面と向かって話す方が面白いので、最近はそういうことはない。
せっかくの機会だから湯村輝彦さんとも打合せで会わせてもらえばよかったなあと思う。
完成後お礼の手紙を差し上げたらお返事をいただいた。「ずっとイヌ派だったけどつい最近ネコを飼い始めました。かわいいですね!今だったらネコをもっとかわいく描けたのに」

途中のダミーではクレジットが「風木一人+ Terry Johnson」となっていて「カッコイイ!」と思っていたのだが、完成直前営業部から「書店・図書館の人にわかりにくい」と言われて平凡な「風木一人・文 Terry Johnson・絵」の表記になった。

刊行時(2001)、折込み付録「絵本のたのしみ」に載せた文章を再掲しておく。

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「四つがいっぱいだったころ」

「いくつ?」
お母さんがききます。目の前には何か並んでいます。みかんとかどんぐりとか、たとえばそんなもの。一つ二つ三つ、指を折ってみるけれど、まだまだ数え切れません。さあ、その先は?
「うーん……いっぱい!」
誰にでもある経験ではないでしょうか。たとえ幼すぎて覚えてはいないにしても。四つのおまんじゅうもいっぱい、カーテンのひだひだもいっぱい、お茶碗のご飯粒だっていっぱい。四つがいっぱいだったころは、確かにそこにありました。

いつのころからでしょう、私たちはいっぱいを区別し始めます。イカの足は十本、一年は三百六十五日、日本の人口は一億二千万人。いっぱいを区別すること、きっちり細かく数えることは、時としてとても大切です。サンタクロースが、十個や二十個のプレゼントを用意して、全世界の子どもに足りるつもりになっていては困るのです。

それでも、確定申告やらコレステロール値やら、住宅ローンやら貸借対照表やら、不機嫌な虫みたいな数字たちが頭の中をはいずりまわる時などは、四つがいっぱいだったころに帰りたくもなります。細かいことは言いっこなし、もっとおおらかに生きようよ。地球上には人がいっぱい、虫もいっぱい、花もいっぱい。それで、いいじゃないかって。

おおらかな世界のおおらかな私は、おおらかな八百屋さんに行きます。そして言います。
「マツタケ、いっぱいください」
おおらかなおやじさんはにっこり笑って、
「はいよ。お金いっぱい払ってね」
うーん……やっぱりきちんと数えた方がいいのでしょうか?

「いっぱいいっぱい」風木一人・湯村輝彦 福音館書店こどものとも012

『いっぱい いっぱい』(文・風木一人 絵・Terry Johnson こどものとも012 2001年12月号)

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「絵本作家の仕事 by 風木一人」は毎週月曜更新予定です。

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