抽象画の絵本『あるひ そらから さんかくが』(風木一人・文 中辻悦子・絵 福音館書店こどものとも年少版)

晴れた空からきらきらしたものが降ってくる。
ゆっくりと、音もなく、幻のように。
美しいけれど、どこか恐ろしくもある。
世界の始まりか終わりに見る光景なのか。

『あるひ そらから さんかくが』はそんなイメージから始まった。イメージをじゅうぶん心に沁みこませるとストーリーは勝手に出てきた。
空から三角が、四角が、丸が降ってくる。それぞれが積もって動いて怪獣になる。サンガジラとシカクドンとマルルーン。3怪獣は集まって大怪獣に変身し、空へ帰っていく。

書き上げたら「これは自分の世界観を表現しているのだ」とわかった。
世界の始まりにあったのは最も単純なものだろう。単純なものが集まって複雑なものができる。それがさらに集まってより複雑なものができる。しかしある域を超えて複雑なものは地上に長くは存在できない。壊れ、要素に分解され、ふたたび単純なものに還る。その単純なものが集まってまた複雑なものへの長い長い旅が始まる。

だから、絵本にはそこまで描かれていないが、大怪獣はいつか空で小さな三角・四角・丸に戻って「あるひそらから」降ってくるとぼくは思っている。
ぼくの身体を構成する炭素原子の一つは、一億年前恐竜の身体の一部だったかもしれないのだ。

画家選定の打合せをしたとき、ぼくが中辻悦子さんのお名前をあげると、担当編集者のSさんは「私も中辻さんと元永さんが浮かんでいました」とおっしゃった。元永さんは『もこもこもこ』の元永定正さんで、元永さんと中辻さんはご夫婦である。

「もこもこもこ」谷川俊太郎・作 元永定正・絵 文研出版

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抽象的な絵本を描ける人は少ないから奇跡的な一致とまではいえないが、ピタリと意見があったのはやはりとても嬉しかった。

中辻さんのラフは色鉛筆で着彩したもので完成のイメージがつかみやすかった。大怪獣だけはデザインを大幅に変更していただいたと記憶している。抽象度が高すぎて、読者が怪獣と認識してくれない恐れがあったからだ。
描き直した大怪獣だが、中辻さんも気に入ってらっしゃるのではないだろうか。その後何度か展覧会に出品されている。ぼくは2004年にイルフ童画館で、2009年に損保ジャパン東郷青児美術館で観た。同じ絵でも出版社の会議室で観るのと美術館で観るのはずいぶん違うものである。

絵本「あるひそらからさんかくが」から大怪獣。風木一人。中辻悦子。

絵本「あるひそらからさんかくが」から大怪獣

中辻悦子さんは1999年『よるのようちえん』(文・谷川俊太郎 福音館書店)で第17回ブラティスラヴァ世界絵本原画展グランプリを受賞されている。日本人としては第1回の瀬川康男さんに続き2人目だった。

『あるひそらからさんかくが』(福音館書店こどものとも年少版2004年6月号)

『あるひそらからさんかくが』(福音館書店こどものとも年少版2004年6月号)

※2009年 Boim社より韓国語版刊行
※2010年 こどものとも年少ライブラリー版刊行

初刊行時に付録冊子「絵本のたのしみ」に載せた文章を以下に再掲する。

☆     ☆     ☆     ☆

「空のくつあと」

むかし、ふしぎなものを見たことがあります。
小学校に入るか入らないかのころだったでしょうか。わたしは物置の上にのぼり、ぺたんとお尻をついて座り、空を眺めていました。
そこにはあるものの形が浮かんでいたのです。非常にはっきりした形でした。よくある、魚のうろこのような雲とか、綿菓子のような雲とかいうのとは歴然と異なる、正にそのものとしかいいようのない形が浮かんでいたのです。

くつのうら、でした。それも、そのときわたしがはいていた運動靴のくつうらでした。単純な赤や青で仮面ライダーがプリントされたその運動靴は、滑り止めのためのくつうらの模様も、どこかライダーの顔に似ていました。ただの模様だったかもしれませんが、わたしはそう思っていました。

そのときわたしが感じたのはこういうことでした。
何か、いるんだな。
空に絵を描くような何者か。
おそらくは大きな大きなもの。
当時のわたしでも、人間が空に雲で落書きしたりしないのは知っていました。
とくに驚きはなく、おだやかで透明な満足感がありました。

わたしのくつうらだったのだから、それはわたしへのサインだったかもしれません。何かを伝えようとしていたのかもしれません。しかしわたしがそれを受け取ることはありませんでした。

母の声がして、わたしは空のくつうらにサヨナラしました。樋を足場に物置から飛び降り、たぶん振り返りもしませんでした。
健康な男の子には大いなるものの存在より、お昼ご飯の方がずっと重要でしたから。

☆     ☆     ☆     ☆

「絵本作家の仕事 by 風木一人」は毎週月曜更新予定です。

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