絵本の文章は短い方がいい?『たいようまつり』(風木一人・作 西村敏雄・絵 イーストプレス)

絵本の文章は短い方がいいと思っている。長いと絵と文のバランスが悪くなるからだ。
しかし文の量を減らして、言葉の魅力まで減ってしまうようではいけないだろう。
短くても「効く」言葉を使いたい。

『たいようまつり』のファーストシーンはなだらかな緑の山々とその上に昇る太陽で、文章は次の2行である。

「きょうは たいようまつりの ひ。
いちばんめの たいようが やまから のぼってきました」

「いちばんめの」――この一語だけで現実がゆらぎはじめる。「一番目ってなんだよ? 2番目があるのかよ?」
太陽はひとつだという常識を逆手にとっているのである。太陽がたくさんある星の住人は「いちばんめの」に衝撃を受けないだろうから、これは地球人狙い撃ち(笑)の言葉の使い方である。
ページをめくると「にばんめの たいようは うみから のぼってきました」とくる。
さらにどんどんと、ぜんぶで8つの太陽が現われ、なぜか月もまぎれこんで、歌ったり踊ったり大空で存分に楽しんだのち「ああ たのしかった」と水平線に沈んでいく。
どのページも1行か2行の文章で、起こっていることの説明はぜんぜんない。
え?なに?そんなのあり?と思っているうちに話はとんとん進み、あれよあれよという間に終わってしまう。
沈んでいったページの次がラストシーンで、文章はこうだ。

「あしたからは ひとりずつ のぼろうね」

これはオチなんだろうか? 自分でもよくわからない(笑)。
とにかく、「いちばんめの」と「あしたからは ひとりずつ のぼろうね」という2つの「効く言葉」で、ありえない話を包んであるのがこの絵本の形なのである。

ラストシーンの謎は絵を見るとさらに深まる。室内らしい空間に8つの太陽がベッドを並べて寝ている。太陽がベッドで寝ている? おかしいだろ!?
最初に西村敏雄さんのラフを見たときの驚きが忘れられない。
このシーンにはト書きもラフもつけなかった。前の見開きで沈んでいった太陽たちがどこで「あしたからはひとりずつのぼろうね」と言っているのかは西村さんの解釈にまかせていた。
太陽だから宇宙空間か、あるいは場所を特定しないような描き方をぼくは予想していたのだったと思う。そこへ明らかに室内、しかもベッドで寝ている太陽たちが来た。
ぼくが考えたことは二つだった。
絵は文句なしにかわいいし面白い。我々と同じようにベッドで寝ていることで、読者にとって太陽はぐっと身近になり、親しみがわく。
一方で、イメージが小さくなる懸念もあった。ひとつでもバカでかい太陽が8つ登場する壮大なホラ話を、最後に来て日常的なスケールに押し込めてしまっていいのか?
悩んだ末、結局、ラフを見たときの衝撃を選択した。ぼくと同じように読者にも驚いてもらいたかったのだ。

絵本「たいようまつり」風木一人・西村敏雄

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表紙の太陽は正面顔だが、目線はわずかに外れている。西村敏雄さんが「本当にバッチリ目が合うと、初めて見るときのインパクトは一番だが、何度も見るにはキツすぎる」と言ったからだ。なるほど、と思った。
「太陽は神様だから、あまりマンガっぽくしたくない」とも西村さんは言っていた。
マンガ的な誇張を抑えて8種類の太陽を描き分けるのは大変だったろうけれど、西村さんはそういうところにこだわる絵描きさんなのである。

この絵本の完成記念原画展を2009年6月に本郷の ヴァリエテ本六 でやった。そのとき会場に掲示した文章がこちらの<太陽を待ちながら>。なぜ太陽が8つも出てくる話ができてしまったかの自己分析。

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