不思議の先にまた不思議がある幼年童話『ふしぎなトラのトランク』(風木一人・作 斎藤雨梟・絵 鈴木出版)

絵の斎藤雨梟は妻である。二人ともお世話になっている編集者のUさんが「夫婦合作見たいなあ。場所は用意しますよ」と言ってくださって、毎日小学生新聞に連載した。
それをご覧になった鈴木出版のHさんが「面白いから本にしましょう」と言ってくださって、幼年童話「おはなしのくに」シリーズの1冊として刊行されることになった。

幼年童話『ふしぎなトラのトランク』風木一人・斎藤雨梟・鈴木出版

【amazonで見る】

幼年童話は、絵本と童話の中間のようなちょっと特殊なジャンルである。小学校低学年が主な対象の、絵本よりは少し長い物語とされているが、内容的には絵本に近いものと童話に近いものが混在している。
本のための書き直しに入ったときまず考えたのはそこだった。
毎日小学生新聞連載時は全9回で、1回に1枚カラーの挿絵が入った。絵が少ないので完全に童話として書いた。つまり文章だけですべて伝わることを心がけた。
本は64ページから80ページという依頼だったので、文を増やすことができると同時に、絵も見開きに1枚、最大で40枚程度入れられることになった。
絵がたくさん入るなら文の書き方も変わってくる。エピソード(出来事)は増やし、描写は減らした。
絵を見ればわかる部分を文から削っていくのは絵本作家として慣れた仕事だが、ページ数、絵の枚数が多いぶん、画家との意見交換も多く必要となり、同じ仕事部屋の中でそれができたのは助かった。

『ふしぎなトラのトランク』でやりたかったのは「謎が解けない話」だ。ふつう謎をめぐる物語は最後にすかっと解決がついてこそ面白いのだが、それとは違う、解決しないのに面白い話を書きたかった。
子どものころ、日常は謎に満ちていた。知識・経験が少なくて、知らないことばかりだったからだ。大人には不思議でないことが不思議だった。成長にしたがい解ける謎もあったが、そうでないものも多かった。いつの間にか消えてしまうものもあれば、そのままあるのに自分が忘れてしまうものもあった。
ドアを開ければ不思議がある。曲がり角を曲れば不思議がある。不思議の先にまた不思議があるのが当たり前だったころの感覚を思い出すようにして書いた。

これは屈折した形でではあるが、言葉に関する話でもある。
主人公のトラ紳士はまともな日本語をしゃべらない。トラといっても二足歩行だし、きちんと服を着ているし、テーブルマナーも心得ているのに、しゃべるのは「トラ」のつく単語のみ。「トランク、トランプ、トライアングル……」
おそらく人間社会のことは人間と同じくらいよく知っている。しかし言葉だけは通じない。そういう存在だ。トラ紳士は困っている様子がないが、ふつうはいろいろ不自由だろう。ぼくなんか外国に行くと、急に子どもにもどったような気がする。トラ紳士が困っていないのは一言でいえばトラだから、強いからだ。では強くなかったら?
言葉が通じないだけでありとあらゆるアクシデントが起こりうる。そのときあらためて言葉の持つ力とありがたさがわかる。

2014年4月、刊行にあわせ西池袋のブックギャラリーポポタムで、斎藤雨梟・風木一人ふたり展をやった。ポポタムでの展示は2006年の「ナンセンスの夏☆かいじゅうの夏」以来だった。

このとき会場の隅にひっそり置いたダミーをたかしまてつをさんが気に入ってくれて『とりがいるよ』3部作を共作することになる。

関係ないが(いや多分関係あるが)小学生時代のぼくの夢は、トラを飼って、トラの背にまたがって登校することだった。

☆     ☆     ☆     ☆

「絵本作家の仕事 by 風木一人」は毎週月曜更新予定です。
ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter


スポンサーリンク

シェアする

フォローする

トップへ戻る