ひとり出版社の創業1冊目を頼まれるプレッシャー『青のない国』(風木一人/作 長友啓典・松昭教/絵 小さい書房)

2012年秋のことだ。青山で開かれた絵本の連続講座で講師をした。全10回のうち1回のみがぼくの担当だった。始まる前に主催者から連絡があった。
「風木さんの回だけ受講したい人がいる。問題ないか?」
別に問題はない。OKした。しかし不思議ではあった。講師陣にはぼくよりネームバリューのある方が何人もいた。なぜぼくの回だけ?
当日ふつうに2時間しゃべって無事終了したとき、後ろの方から席の間をツツツと出てきた女性がいた。それが安永則子さんで、ぼくの回だけ申し込んだ人だった。
安永さんは、出版社を立ち上げ準備中の者ですと名乗り、あとで読んでほしいと手紙を差し出された。
手紙を読み、じっくりお話をうかがうためにお会いしたのはひと月ほど経ってからのことだったろうか。

『青のない国』見返し

テレビ局をやめて一人で出版社を始める、大人向けの絵本を出していきたい、1冊目を風木さんにお願いしたい、というのが安永さんがおっしゃったことだった。もちろん実際にはそれぞれにきちんとした理由を述べられた。
勇気のある人だなと思った。
スタートしたばかりのひとり出版社であることを安永さんは気にしていたが、ぼくは出版社の大小を気にしたことはない。経験からいって大手だから売れるというものでもない。スタートしたばかりの方は気にならなくもなかったけれど、話しぶりから安永さんの本気度はびしびし伝わってきたから引き受けるのにさほど迷いはなかった。

むしろ、ぼくでいいのか?と思った。出版社にとって創業1冊目は重要だろう。10年続けても20年続けても、1冊目はずっと1冊目なのである。どんな本からスタートしたかはその出版社の色や評価に影響を与えるのではないか。
年に100冊出す出版社なら1冊コケてもそう痛くないだろうが、生まれたばかりの出版社が初めて出す本がコケたら……想像するも恐ろしい。プレッシャーである。
そして「大人向け」。安永さんは、こういう本を作りたいというビジョンが極めて明確だった。それは大人向けの、メッセージのこもった絵本で、さらに「背伸びすれば子どもでも読める」という条件もついていた。
子どもの絵本を作ってきたぼくになぜ大人向けを頼むのか訊くと、安永さんは「風木さんの絵本はぜんぶ読みました。雑誌に載った作品もできるかぎり読みました。風木さんは大人向けのお話も書けます」と断言した(笑)。

正直不安はあった。しかし初めてだからこそやってみようと思った。
作家にとって自発的であることは大切だが、しかしそれだけだと狭くなる。自分はこういう作風だと決めてしまうといつのまにかそこから出られなくなる。そういうときこそ外力が必要だ。
他人から思わぬボールを投げられることによって、新しいドアが開かれることがある。
それは編集者の大事な仕事だ。作家の新しいドアをたたく。これまでと違う作品を書かせる。
安永さんは異業種からの転進だったが、一本目の企画で、編集者として極めてまっとうな本格的アプローチをされたと思う。

『青のない国』風木一人・長友啓典・松昭教 小さい書房

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未経験の仕事は楽ではなかった。安永さんと都内の喫茶店で何度も何度も打合せした。大きめの改稿だけで5度に及んだ。他の作品ではなかったことである。
ようやく文章が固まり、絵の相談に進めたときはホッとした。
『青のない国』は「長友啓典・松昭教/絵」とクレジットされている。一つのお話に絵が二人は珍しい。
じつは安永さんの最初のプランでは長友さんが絵、松さんがデザインの布陣だった。しかし1回目の打合せで長友さんから「垣根を越えてアイデア出し合った方が面白い」との意見が出て、共同クレジットとなった。

長友啓典さんはグラフィックデザイン界の巨人で、この本にご参加いただけたのは冒頭の絵本講座のプロデューサーKさんのご尽力があったからだ。
2年後にホテル暴風雨の企画でインタビューさせていただいたとき、長友さんがいかにキャッチボールを大事にされる方かよくわかった。専門で細分化するのではなく、全員が全体に関わることで生まれてくる相乗作用こそ面白いという考え方が、『青のない国』制作にも生かされたと思う。
「じゃんけんに負けて社長になった」デザイン会社K2 長友啓典社長インタビュー

パラパラめくればすぐわかるとおり、かなり自由・独特なビジュアルである。文章を忠実に絵にするのではなく、抽象と具象を行き来するような微妙な距離感で、この1冊に固有の世界観を作り上げている。

『青のない国』 プロフィールページも普通ではない

『青のない国』刊行から3年後、インタビューから1年後の2017年3月、長友さんは亡くなられた。突然のことで大変ショックだった。最後の数年だけでも直接お人柄に触れられたのはぼくにとって幸せなことだった。

ミュージシャンの黒沢秀樹さん(ex.L⇔R)がこの本とのコラボレーション曲、「Blue flowers-青のない国-」を発表されている。
黒沢秀樹さんがホームグラウンドとされているライブハウスのオーナーが長友さんの旧いお知り合いであることからのご縁だった。

書きたいことが多すぎて、話の内容にたどりつかなかった。最後に少しだけ触れよう。
帯のコピーが「何が大切かは自分で決める」である。これは安永則子さんが最初の打合せに持ってきた言葉だ。こういう本を作りたい、と。
背後にいろいろな思いが込められているのはすぐわかった。ぼくも似たような思いを抱えていたからだ。
安永さんの本気が伝わってきたからこの仕事を引き受けたと書いたが、もちろんテーマの一致は必要条件だった。安永さんが作りたいと言ったものをぼくも作りたいと思ったから引き受けた。
何かを手に入れたり失ったりするのが人生で、ある意味、すべてのものはいずれ失われる。
であればこそ、何をつかむか自分で決めなければならない。
そういうことを『青のない国』に込めた。

ぼくはずっと子どもの本の仕事をしてきたけれど、この本を書いたことで、自分の中には大人に向けて伝えたいこともあるのに気がついた。それが2年後ホテル暴風雨を始めるきっかけの一つになる。つまり『青のない国』がなければ多分ぼくはここにいなかった。

☆     ☆     ☆     ☆

※安永則子さんが自分の出版社につけた名前が「小さい書房」。凄いセンス! 1冊1冊丁寧に作ってこられた8冊の既刊本の紹介があります。<小さい書房公式サイト>

「絵本作家の仕事 by 風木一人」は毎週月曜更新予定です。
ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter


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