なぜ今、宗教について語るのか(前編)

唐突だが、最近韓流ドラマを見るようになった。「冬のソナタ」が一世を風靡したのが2004年のことであるから、まさにひと回りの遅れである。

きっかけは、家人の勧めで見た「主君の太陽」である。韓国語で「チュグン ノ テヤン」と発音するそうだ。主人公は、二十代半ばの女性、テ=ゴンシル、通称テヤン。ある出来事いらい幽霊が見えるようになってしまった。
どこに行っても幽霊が現れるので、恐くて普通の生活が出来ない。大学は休学したまま戻れず、アルバイトをしても、幽霊のせいで失敗ばかりして、すぐにクビになる。要するに、世間から落ちこぼれている。
さらに悪いことに、幽霊達はこぞって彼女に頼み事をしてくる。頼みを聞かないとしつこくつきまとわれるので、仕方なく、幽霊の望みを叶えるために東奔西走するはめになる。

このテヤンが、財閥の御曹司でショッピングモールのワンマン社長であるチュ=ジョンウォン(通称チュグン)と出会うところから物語は始まる。
チュグンは自分の会社の利益のためにはいくらでも非情になる拝金主義者(しかし契約は守る)だが、ある個人的な問題を抱えており、その解決のためにテヤンを雇う。
この二人が、どたばたしながら、だんだん引かれ合ってゆくという、恋愛コメディーである。この作品が面白かったので、以来、遅ればせながら私も韓流ファンになってしまった。

さて、このドラマは、コメディーとして大変面白かったのだが、同時に現代の我々の抱える一つの重要な問題を巧みに(そして面白く)浮かび上がらせているように思える。
チュグンは、会社の利益を最大化するという資本主義の要請に従って、主に論理的思考に頼って判断し行動している。これに対してテヤンは、幽霊の望みを叶えるという宗教的な要請に従って、主に感情に頼って判断し行動している。チュグンは成功者であり、テヤンは落ちこぼれである。テヤンは親切で、チュグンは冷酷である。
二人はまさに正反対であり、相容れる余地はなさそうに見える。しかし、テヤンが暮らして行くためにはチュグンに頼らざるを得ず、チュグンも、自分の問題を解決するためにはテヤンに頼らざるを得ない。そして、二人はどこか相手に引かれるものを感じている。

我々の心の中にも、チュグンとテヤンがいるのではないか。そして、我々の心の中のチュグンとテヤンは、ハッピーエンドを迎えられるだろうか、というのが、この連載のひとつのテーマである。