チンパンジーのベッド、本能としての宗教心、文化としての宗教

この夏、動物園で暮らすチンパンジーの環境エンリッチメント(飼育下の動物の生活環境の改善。主に行動面、心理面を重視する)に取り組む研究者の話を聞く機会があった。

私はそれまで知らなかったが、野生のチンパンジーは、樹上に草や細い木の枝を集めて丸いベッドを作って眠るのだそうだ。なかなかふかふかで寝心地の良いものを作るとのことである(1)。

だが、動物園で生まれ育った個体はベッド作りをしないのだそうだ。その研究者は、動物園のチンパンジーに、なんとかベッド作りの「文化」を伝えようと努力しているのであるが、私は別の点に興味を持った。

動物園生まれのチンパンジーたちも、草などのベッドの材料を与えられると、何かしらベッドらしい、丸いものを作るそうなのである。
その意味では、ベッド作りは本能的な行動といえる。ただし、その上で眠れるような本物のベッドにはならない。役に立つベッドを作るには、群れの中で親や年長の個体のベッド作りを見て学ぶことが必要なのである。

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ヒトの宗教活動も、これに似たところがあるのではないだろうか。
自分の死をいとい、永遠の生命を願うのは、ヒトの本能だろう。それは「宗教心」の一つの重要な側面であると思われる。
だが、先祖の霊と現在生きている子孫との関係を確認するための年中行事、あるいは全知全能の神と自分の関係を確認するための様々な儀式なしには、自己の永遠性を納得し、安心立命を得るのは難しかろう。
それらの儀礼、儀式を体系化し、文化として世代を超えて伝えているのが宗教と言えるだろう。

私はこれまで、自伝を書いたり、家系図を調べたりするなどの、一見宗教とは関係なさそうな行為が、じつは宗教的行為なのではないかという主張をしてきた。
それは、これらの行為が、個人の「宗教心」の表現であるという意味であるが、個々人の創意、試行錯誤によって行なわれている間は、その効果にはかなりの個人差があるだろう。

安心立命を得るは、やはり歴史に鍛えられた既成宗教の方が上であるかもしれない。

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伝統宗教から離れて暮らす現代人の私としては、不器用に木の枝を組み合わせる動物園のチンパンジーたちに、親近感を覚えずにはいられない。
彼らが、いつかふかふかのベッドの上で眠る日が来ることを祈りつつ。

(1)余談であるが、チンパンジーのベッドは、人間が寝ても寝心地が良いらしい。これを模倣したベッドを、京大と寝具メーカーが共同で開発しているそうである。

http://www.kyoto-np.co.jp/environment/article/20160405000125

https://www.countdown-x.com/ja/project/P1827259


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