第2回「弟子入りては則ち孝、出でては則ち悌たれ」論語は寅のアリアで

子曰く、弟子 入りては則(すなわ)ち孝、出でては則ち悌(てい)たれ。謹みて信、汎(ひろ)く衆を愛して仁に親(ちか)づけ。行いて余力あらば、則ち以って文を学べ。
(学而編六)

これが論語のダメなところである。こういう説教くさいことを、難しい漢字を使って文語体で書くから人から嫌われるのである。
もっとも、孔子の弟子たちに漢字を使わずに文章を書けというのは無理な話だし、日本語訳の堅苦しさは、彼らの責任ではない。
ここはひとつ、山田洋次監督の不朽の名作「男はつらいよ」シリーズの主人公、フーテンの寅こと車寅次郎に語ってもらおう。

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駅のホーム。ゆっくりと歩く孔子。満男、孔子のカバンを持ち、斜め後ろを歩く。電車が入ってくる。孔子、満男を振り返り、にっこり笑ってカバンを受け取る。

孔子「満男、父ちゃん、母ちゃんを大事にするんだぞ。それからなあ、学校に行ったら、先生の言うこと聞けよ。それとな、なにより人間正直でなきゃいけねえ。人に信用されるってえことが、一番肝心だからな。友達とは仲良くしろよ。なあに、勉強なんざあ、暇なときにやりゃあいいんだ」

発車のベル。駅員の「発車します」の声。
孔子、電車にとび乗り、振り返って笑う。

満男「おじさん・・・」
孔子「あばよ」

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良い場面である。じつに良い場面ではあるが、特に高邁な思想も深遠な理論もない。無学だが優しい、人間味あふれるおじさんが、甥っ子に言って聞かせる言葉である。

弟子たちにとって孔子は、そういう優しいおじさんの面もあったのではないだろうか。
たしかに論語をよく読むと、孔子と弟子たちの、気楽な言い合いの場面も時々出てくる。
ところが、難しい漢字と堅苦しい文語体のおかげで、気難しい説教オヤジのイメージが固定されてしまう。
まったく君子はつらいのである。