第4回「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」師の過ちを指摘するのも憚らず

子曰く、君子重からざれば、則ち(すなわち)威あらず。学びても則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる(しかざる)者を友とする無かれ。過ちては則ち改むるに憚ること勿れ。(学而編八)

3文目は、「己に如かざる」が「忠信を主とし」の後にあることから、道徳的な面について言っているのであって、地位や能力のことでないのは明らかである。「己に如かざるものを友とする無かれ」については、後に弟子たちの間で議論があったようだ。
子張篇三では、子夏の弟子たちが、良くない友人は遠ざけるようにと先生(子夏)から教わったと言うのに対し、子張が反論し、君子は、善き友ばかりでなく、あまり善くない友も受け入れるものだと孔子から教わった、と言っている。

おそらく孔子はどちらも言ったのだろう。道徳に関して、ユニバーサルな正解というのはあり得ないのではないだろうか。
論語の中でも孔子が、相手によって言うことを変えている場面がある(先進篇二十)。子張がそういうことを知らなかったとは思えないから、このような議論をすることで、師の教えについて深く考えさせようとしたのか、あるいは単に子夏の弟子たちをからかったのだろうか?

最後の一句はあまりにも有名。だが、実行するのは難しい。
孔子自身は、かなりよく実行していたようで、論語の中にも、弟子たちが孔子に対して意見する場面が何回も出てくる。もちろん孔子も、いつも機嫌よく弟子たちの批判を受け入れるばかりではない。失言を弟子の子游に聞きとがめられて、「さっきは冗談を言ったのじゃ」と言って胡魔化してみたり(陽貨篇三)、あまり評判の良くない人物からポジションをオファーされ、応諾しようとしたところを子路に止められて、未練がましく愚痴を言ったり(陽貨篇六)。
最初の反応はいろいろでも、結局は正しい意見には従う、というのが彼の偉いところである。官僚養成塾でもあった彼の学団において孔子は常々、主君を諌めるのが臣下の務めであると強調しているから、師である孔子自身が弟子の批判に耳を貸さなかったら、言行不一致の誹りを免れない。逆に言えば、弟子の言うことにもきちんと耳を貸す人物であったからこそ、弟子たちから愛されたのであろう。
それにしても、弟子たちが自分の教えをよく守るほど、自分が弟子たちの批判に晒されるようになるのだから、なんとも君子はつらいのである。