第7回「信 義に近ければ、言復(ふ)むべし」約束を守っても構わない?

有子曰く、信 義に近ければ、言復(ふ)むべし。恭 礼に近ければ、恥辱に遠ざかる。因(よ)ること、其の親(しん)を失わざれば、また宗(たっと)ぶべし。(学而編十三)

一文目が面白い。信すなわち約束は、完全に義(正しいこと)と言い切れなくても、義に近ければ、守ってよい、というのである。
約束は守らなければならないというのが常識だ。にもかかわらず、「義に近ければ」という条件付きで「守ってよい」ということは、道徳上、約束を守るということが最上位ではないと宣言しているのである。

確かに私たちは、つい勢いや見栄で、いろいろな約束や宣言をしてしまうことがある。そして、「約束だから」「言ってしまったことだから」「武士に二言はないっ」などと言って、悪いこと、不合理なことだとわかっていても実行に移してしまうことがある。
たとえ約束したことでも、やってはならないことはやってはならない。もちろん、約束を守ることは大事な道徳だ。約束を破れば、その責めを負わなければならない。だが、約束違反の罪を自覚しつつも、さらに上位の道徳を守るために約束を破らなければならないことがあると、有先生は指摘しているのだ。

「過ちては則ち改むるに憚ること勿れ」(学而編八)という言葉もあるが、人間の判断力が不完全であるという前提で、「約束を守る」という一つの道徳的要請を頑なに守るのではなく、様々な道徳的要請のバランスを考えることが重要、ということであろう。

「中庸」を重んじる儒学の精神だが、一つ間違えれば「どっちつかず」「いいかげん」になってしまう危険もはらんでいると言える。
「だったらどうしろと言うんだ!」とわめきたくなることもあるだろうが、そこは我慢。君子にマニュアルなし。君子は辛いのである。