電車 居眠り 夢うつつ 第4回 怪談「夏の夜の電車の窓」

第1回では、電車の車内広告を見るのが電車通勤の一つの楽しみだと書いたが、もちろん車窓から外の景色を見るのもまた一つの楽しみである。

私の乗る名古屋市郊外の私鉄路線では、線路の周りは住宅地と畑が入り混じった地帯である。畑といっても、プロの農家が大規模に耕作しているような畑は少なく、多くは自家用と思われる小さな畑だ。
自分自身も最近市民農園で野菜作りを始めたせいで、以前はあまり気にもとめていなかったそんな小さな畑の様子も気になるようになった。「トウモロコシが大きくなっているな」とか「キュウリの葉が茂っているな」とか、思わず目が行ってしまう。
だが、日没後の帰りの電車では、外の景色はほとんど見えない。車窓は車内の景色を映す鏡となる。

私は普段、それほど夜遅くまで仕事をする方ではないが、たまには帰りが10時を過ぎることもある。その時刻になると、田舎の電車の乗客はまばらだ。1つの車両を独り占めということも珍しくない。
先日私が乗ったのも、そんなガラガラの電車だった。7人がけの席を1人で占領し、向かいの座席にも誰もいない。座ると疲れが出る。吊り広告を見る気にもならず、目を閉じる。しばらくして目を開けると、向かい側に一人の中年男の姿が目に入った。
いかにも疲れた表情のその男が、窓ガラスに映った自分自身であることに気がつくのには数秒もかからなかった。
あれ? しばしガラスに映る自分の顔に釘付けになった。確かに自分の顔には違いないのだが、自分の思っていた自分の顔とは少しずつ何かが違う。落ち窪んだ目、妙に広い額、こけた頬、艶のない肌の色。俺はいつの間にこんなに歳をとったのだろう。

毎日、毎朝、顔を洗う時に、あるいは髭を剃りながら見ているはずの自分の顔だ。一体自分は毎日何を見ていたのだろう。いや、意外に自分の顔は見ていないのかもしれない。髭を剃る時には髭剃りの当たる部分ばかりに注目するし、剃り終わった後も、剃り残しがないか見るのはあごや口の周りばかりだ。鼻毛を切るときは鼻の穴しか見ないし、目が痛い時は痛い方の目しか見ない。そういえば、顔を洗った後に顔全体を見るということもないように思える。
毎日化粧をする女性なら、おそらくこういうことは起こらないのだろう。男性はどうだろう。男性読者諸氏、あなたは、鏡で自分の顔をどれくらい見ていますか?

自分が写った写真を見るときも、周りの風景とか、一緒に写っている人などに注意が向けられ、自分の顔は、「自分である」ということを認識できれば、それ以上細かくは見ていないのかもしれない。まあ、笑っているか、むすっとしているか、表情は比較的よく見ていると思うが、顔の造作はほとんど見ていないのではないだろうか。

もちろん私は私の顔を知っている。いや、知っていると思っているが、私が知っていると思っている私の顔は、今日この目で見た顔ではなく、今まで何十年かに渡って見てきた自分の顔の印象の総和だったのかもしれない。
あの日以降、私はときどき鏡に映る自分の顔をしげしげと見るようになった。もう、あの夜の電車の窓に映った自分を見たときのような違和感を覚えることはなくなった。
自分の顔についての情報は正しくアップデートされたようである。

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