なにわぶし論語論 第14回「奚ぞそれ政を為すを為さん」夢破れて学問あり

「或(ある)ひと孔子に謂いて曰く、子奚(なん)ぞ政を為さざる、と。子曰く、書に云う、孝か惟(こ)れ孝。兄弟に友に、有政に施せ、と。是れ亦(また)政を為すなり。奚ぞそれ政を為すを為さん、と。」 (為政 二十一)

ある人が孔子に聞いた。「なぜあなたは政治の現場に乗り出さないのですか」
先生は答えた。「書物(書経)にこう書いてあります。『兄弟や友人との関係が基本。そのような身近な人間関係を正しくして、政治に影響を及ぼせ』と。そのようにすることもまた、政治を行うことなのです。どうして(今さら)政治家になりましょうか」

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この言葉がいつ頃のものかわからないが、おそらくは、孔子晩年のものであろう。政界進出への執念や未練など全く感じられない、穏やかな言葉である。

中年期までの孔子はこうではなかった。政治家として理想の国づくりをする夢を持ち、一時は魯国の王の信任を得て外交、内政に腕を振るった。失脚後も、政治家として働く希望を捨てず、諸国を旅し、遊説を行った。旅の途中には命を狙われることもあった。まさに命がけの旅であったことが、論語の中にもたびたび書かれている(述而二十二、子罕五、衛霊公二)。
まあ当時は、旅をすることは誰にとっても命がけの仕事だったのだろう。そのような命がけの努力にもかかわらず、残念ながら各国の国内事情や儒家一般への風当たりもあり、どの国でも採用はされなかった。

そこまでして努力をしたからこそ、晩年には政治家としての夢をすっぱり諦めて、教育者として生きることができるようになったのだろう。そして結局、孔子の名を現代に伝わるまでに高めたのは、彼の政治家としての仕事ではなく、教育者、思想家としての仕事であった。

いや、「政治家としての夢をすっぱり諦めて」などと書いたが、本当にそんなに爽やかな心境だったろうか。穏やかな言葉の裏には、夢破れた悲しみもあったことだろう。

悲しい気持ちを 抱きしめて
悲しみ知らないふりをする
笑っているのは 泣き顔を
思い出さずに歩くため
・・・・・
夢やぶれ いずこへ還る
夢やぶれ いずこへ還る
(中島みゆき 「成人世代」)

政治の夢破れた孔子は、学問へと還った。君子は、辛いのである。

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