<共同運航便>なにわぶし論語論第23回「父母に事えては、幾諌す」

<今回は「脱宗教の時代に宗教について考える」(第42回)との共同運航です>

「子曰く、父母に事(つか)えては、幾諌(きかん)す。志(こころざし)の従わざるを見ては、又敬して違わず、労して怨みず。」(里仁 十八)

――――両親に対しては、たとえ間違っていると思っても、正面からは非難せず、やんわりと諌める。聞き入れてもらえないときは、そのまま敬いつづけて、逆らわない。親のために働いて、恨まない。――――

前回紹介した(里仁 十)は、論語の中でも有数の「役に立つ」言葉ではないかと思われるが、今回の言葉はどうだろう。
親が間違った事をしても、非難してはいけない。やんわりと忠告して、聞き入れられなかったら、そのままにして逆らわないと言うのだから、そんな馬鹿な話はない。前回「義これとともに比す」と言ったのと同じ人物の言葉とは思えない。
また、論語の中で孔子は度々、中庸の重要性を強調している。孝と義という相容れない二つの倫理的要請があるなら、すぐにどちらか一方に飛びつくのではなく、なんとか両者の折り合いをつける方法を探し続けるのが儒教でいう中庸という態度だろう。
なのに今回は、義と孝がぶつかったら、無条件で孝を優先しろと言っている。これは一体どういう事だろう。

私は、ここに儒教の、いや孔子の宗教性が現れているのではないかと思う。
儒教は宗教ではないと言われる。たしかに論語の中でも孔子は神や鬼(祖霊)などの宗教的な存在について明確に語る事を拒否している。だが、祖霊や神を祀ること、すなわち宗教行為については度々その重要性を強調している。

以前書いたが、宗教には自分の存在の永遠性を保証する役割があると思われる。
人間の命は有限だ。その事を真剣に考えると恐ろしく、かつ不思議だ。なぜ自分という存在が、無から生まれたのか、自分の死後はどうなるのか。そう考えたときに、儒教の場合(というか、孔子の時代の中国では)、自分が両親から生まれ、その両親もそのまた両親から生まれた、という素朴な事実に着目し、親、その親、そのまた親・・・と続く先祖の連鎖を、自分という存在を生み出したものとして信仰したのではないか。
自分も死後はその先祖の連鎖の中に加わることで、自分の存在が消滅する恐怖から逃れることができる。そうすると、その宗教においては、自分の両親というのは、生物学的な親であるばかりでなく、祖霊信仰における聖職者の意味も帯びてくる。造物主である神を崇めるキリスト教の神父などと同じようなものである。

繰り返しになるが、孔子は神について明らかに語る事を避けている。だが、孔子にとっては先祖こそが信仰の対象であり、親に対する孝という事もまた信仰の一部だったのではないだろうか。
父母に対し、「志の従わざるを見ては、又敬して違わず、労して怨みず」という姿勢は、神から理不尽な仕打ちを受け続けながらも最後まで信仰を捨てなかったヨブの態度にも似ているように見える。

ユダヤ・キリスト教における神は、造物主であり、あらゆる人の存在の源である。儒教における先祖、及びその末端に位置する父母も、自分という人を生み出したという意味では、ユダヤ・キリスト教の神に近い存在である。だが、通常は、遠い先祖はともかく直接の父母は信仰の対象にはならない。

孔子は3歳の時に父を、17歳の時に母を失ったとのことだ。実の両親を早くに失った事で、現実の親との衝突を経験しなかったために、孔子にとっては宗教的な「先祖」に対する信仰と、生身の親への孝がかなり混ざり合っているのではないだろうか。
孔子の弟子たちにとっても(曾子は別だろうが)、孔子の宗教的な孝の考え方をそのまま受け入れるのは難しかったようだ。
たとえば(陽貨 十八)では、宰我が、親の死に際する喪の礼について、「3年の喪は長すぎるのではないか」と孔子に対して疑問を呈している。こういう、孔子と弟子たちの考え方の違いや議論の様子も随所で語られているところが、論語の面白いところである。

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