電車 居眠り 夢うつつ 第10回「20世紀少年の夢と21世紀中年の戸惑い」

私は小学生の頃、いわゆる「科学読本」や「科学漫画」の類を読むのが好きだった。
そこにはしばしば、「21世紀にはコンピュータやロボットが発達して、仕事はなんでも機械がやってくれるので、人間は今ほど働かなくてもよくなるでしょう」といったことが書かれていた。
挿絵には、パラソルの下でビーチチェアに腰掛けてジュースをストローで飲む人たちと、その側で甲斐甲斐しく働くロボットが描かれていた。

じっさい、今世紀に入ってからのコンピュータ技術、ロボット技術の発展のスピードは、目覚ましいを通り越して、目の回るような勢いである。(「目が回る」とか言っていると「歳ですね」と言われそうだが。)
これらの技術革新のすごいところは、単に最先端技術の開発というだけでなく、開発された技術があっという間に実用化され、一般社会に普及していくことだろう。その筋の玄人なら、「社会に実装されていく」と言うのだろうか。
今や、普通の会社の普通のオフィスでも一人1台PCが支給されるのは珍しくないだろう。ウェッブブラウザを使えば、電話帳や百科事典やケミカルアブストラクトなど開かなくても、調べ物はあっという間に終わる。表計算ソフトや統計ソフトを使えば、手作業なら何時間もかかる計算が、何分の一、いや、何十分の一の時間で終わってしまう。

20世紀の少年たちが21世紀の中年たちになった今、少年時代の夢は、着々と実現されているようである。さらにこれからは、キーボードをかちゃかちゃいじらなくても、「オッケー、グーグル!」と話しかければ、コンピュータが働いてくれるようになるそうである。アイザック・アシモフの世界も現実になりつつあるようだ。

だが、ニュースを見れば(あるいは自分の周りを見ても)、20世紀の少年の夢と、21世紀の現実はぴったり重なることはなく、微妙にずれているのがわかる。
「21世紀にはコンピュータやロボットが発達して、仕事はなんでも機械がやってくれる」ようにはなりつつある。だがその結果、決して少なくない数の人間が「働かなくてもよくなる」のではなく「働くことができなくなる」のではないかという不安に直面している。
そうかと思うと、やはり多くの人間が、機械が代替できない分野で、あるいは皮肉なことにコンピュータなどの機械を駆使して、さらに長時間働くことを余儀なくされている。
20世紀少年たちが想像もしなかった現実だ。

20世紀少年たちにとってのもう一つの夢の科学技術であったリニアモーターカーも、実用化の準備が進んでいる。
だが、地球温暖化問題や、東日本大震災以降議論されている脱原発化の問題を考えると、今、電気を大量に消費するリニアモーターカーを実用化することが本当に良いことか、わからなくなってくる。

夢が叶うことは、必ずしも幸せになることではないようだ。戸惑う21世紀中年である。

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