電車 居眠り 夢うつつ 第18回「形見分け」

お盆明けの今回は、形見分けの話。
少し以前のことになるが、職場で同僚の一人が亡くなった。クモ膜下出血。まだ50代半ばの早すぎる死であった。
単身赴任の彼のアパートには、他の家財道具とともに大量の本が残された。実験心理学の研究者だった彼の蔵書には、研究分野に関する専門書も多く、役立つものは使って欲しいというご家族の希望で、彼の本を同僚、研究仲間で分けることになった。
本を譲り受けるにあたって、皆がまず驚いたのは、その数の多さであった。段ボール箱にしてかるく20箱以上。(30箱以上あったかもしれない。)冊数にすれば数百冊である。そのほかにCDが数百枚。すぐにはどうすることもできず、箱詰めのまましばらく研究所の廊下に積んであった。

いよいよ「形見分け」の日。全ての本を箱から出し、会議室のテーブルの上に並べた。数が多すぎるので、背表紙を上に、立てて並べる。テーブルに乗り切らない分は、やはり背表紙を上にしてダンボールに詰め、床に並べた。
大量の本を並べながら、今度はその内容の多様さに驚いた。もちろん、故人の研究分野に関する専門書は多い。認知心理学、心理物理学、知覚心理学。統計法やコンピュータプログラミング関係の本も多かった。そういえば、統計解析もプログラミングも苦手な私は、その方面で困ったことがあるといつも彼に助けてもらっていたことを思い出した。
仕事関係の本だけでも相当な数だったが、蔵書の内容はそれにとどまらなかった。認知心理学とはかなり毛色の違う、臨床心理学関係の本もかなりあった。さらには、哲学、現象学などの本も多数。私など、名前だけは聞いたことはあるがよく知らない哲学者の本ばかりだ。フッサールって、何をした人だっけ?

仏教、キリスト教など、宗教関係の本も多い。そういった本を見ると、彼は文学部出身だったなあと、あらためて思い出された。そうかと思うと、「統計熱力学入門」などという本が現れて驚かされる。たしかに彼は、数学が得意だったが・・・。資本論やミクロ経済学などの本もある。誰かが「そういえば彼は、はじめ経済学部に入学して、途中から文学部に転学部したんだよ」などと、私の知らない話をする。

皆でこれらの本を眺め、故人の思い出話をしながら、めいめい興味のある本を手に取っていった。私も何冊かを手に取り、ページをめくった。私はふと、昔どこかで読んだ、オーストラリアだかポリネシアだかの人食い人種の話を思い出した。いつ、どこで読んだのかは覚えていない。その部族は、西洋人から人食い人種と呼ばれたが、彼らは決して栄養源として人を食っていたわけではないというのだ。部族間の戦争があると、戦いで死んだ戦士のうちで最も強く勇敢だった者の肉を喰うことで、彼の力と勇気を自分たちのものにしようとする。彼らの食人とは、そういうある種宗教的な行為であった、という話だった。

この日私たちがやっていたのも、同じようなことではないだろうか。故人の知性の血となり肉となった「本」を生き残った者たちが分け合うことで、彼の知性や知的好奇心を少しずつでも分け合い、自分たちのものにしようとしていたのではないだろうか。

その日、私は彼のコレクションから10冊を譲り受けた。だが、まだ1冊も読み終えていない。彼の知性を受け継ぐのは、簡単な仕事ではなさそうだ。

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