電車 居眠り 夢うつつ 第20回「虫とヘビとパワハラと(後編)」

前回の続きで、なぜ今、いわゆる「パワハラ」事件がこんなに注目を浴びるのか、という話。

最近起こった体操協会のスキャンダルには二つの「パワハラ」が含まれていた。
ひとつは一人のコーチによる一人の選手へのハラスメント。もう一つは協会幹部による選手へのハラスメント。それぞれ、事実であったかどうかを含め、詳細はまだわからないが、世間が強く反応したのは、後者の、組織の力を背景としたハラスメントの方だった。

この件の報道を見ていて、私はふと、数年前に起こった、いわゆるSTAP細胞事件のことを思い出した。
あれも、ある種の二重性のある事件だった。第一に、論文の筆頭著者であるポスドクによるデータの改ざんあるいは捏造があった。第二に、政府のバックアップを受けた巨大な研究組織が、若い女性ポスドク(博士号を持つ任期付研究員)を宣伝に使い、捏造が発覚すると、そのポスドク一人の問題として切り捨てようとした(と、世間の多くの人は捉えた)。

興味深いことに、この二つの問題のどちらに強く反応するかが、私の周辺では研究者と非研究者で大きく違っていた。
研究者のほぼ全員がポスドク個人によるデータ改ざん・捏造を事件の本質であると考えたのに対し、非研究者のうち相当数(おそらく過半数)は、組織による若い女性研究者に対する「迫害」の方を重大と捉えていた。

研究者の反応は、私には納得できる。研究者なら誰でも1度や2度は(あるいはもっと)、「ああ、このデータさえなければ」「このデータがもうちょっと〇〇だったら」と思ったことがあるものである。
いつもそうやってデータ改ざんの誘惑と戦っている者にとっては、平然と都合の良いデータを作り上げる行為は、全く許し難いものである。私の意見も同じだ。
だが、一連の疑惑が報道され始めた当初、私がまず思ったのは、「若いポスドクが、上司や研究所のエラい人からのプレッシャーに負けてやっちまったんだな」ということだった。
つまり、あまり情報がない状態で、私の中にそういうストーリーが生まれてきたわけだ。

非研究者の多くがその後も組織による若いポスドクへの迫害という見方を続けたというのも、研究内容や研究室内の具体的な状況をイメージできない状態で、自分の中に生まれたストーリーに従って事件を解釈をした結果ということではないだろうか。
こういう書き方をすると、その解釈が誤りであると言っているように感じられるかもしれないが、そうではない。あくまで、事件のどの面に注目するかという問題だ。

こちらの面に注目する人が多いということは、「強力な組織に圧迫あるいは迫害されながら必死で抵抗するか弱い個人」というイメージが、私を含めた多くの現代の日本人の心の中に出来上がっている、とは考えられないだろうか。
ダークスーツを着て並んだオジサン達とエプロンやトレーニングウエア姿のオンナノコというのは、まさに象徴的なイメージ(映像)である、と私には感じられる。

そうは言っても、我々は、そんなにも組織から圧迫を受けているのだろうか? 受けているとしたら、いったいどんな組織に?

(by みやち)

※次回はタイトルを変えますが、もう少し(あと2回くらい)この話題を続けます。その間、「なにわぶし論語論」はお休みします。何卒ご了承ください。

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