なにわぶし論語論第58回「大臣と謂う可きか」

季子然(きしぜん)問う。仲由(ちゅうゆう)、冉求(ぜんきゅう)は、大臣(たいしん)と謂う可きか、と。子曰く、吾(われ)、子を以って異を之(これ)問うと為す。曾(すなわ)ち由と求の問いか。所謂大臣とは、道を以って君に事うるなり。不可なれば、則(すなわ)ち止む。今由と求とは具臣(ぐしん)と謂う可きのみ、と。曰く、然(しか)らば則ち之に従う者か、と。子曰く、父と君とを弑(しい)せば亦(また)従わざるなり、と。(先進 二十二)

――――季子然(季氏は魯国の家老格の有力氏族)が孔子に質問した。「仲由(子路)と冉求(冉有)(二人とも孔子の弟子で、季氏に仕えている)は、大臣(立派な家臣)といえますか」。
孔子は答えた。「また妙なことをお聞きになる。由君と求君のことですか。いわゆる大臣というのは、道理をもって主君に仕える者です。道理が通らないようならさっさと辞職します。由君と求君は、(主君を諌めることもできない)頭数のための家臣というやつですな」。
それを聞いて季子然が言った。「それでは、彼らは単なるイエスマンというわけですか」。
先生は答えた。「いや。さすがに自分の主が親殺しや主君殺しをするようなら、従いはしません」――――

孔子は晩年は政治家として活躍する場が与えられなかったが、弟子たちはあちこちの有力者に召し抱えられていたようである。子路と冉有の雇い主である季氏の子然が、二人について孔子に尋ねた。「彼らは大臣とよべますか?」と。
孔子にしてみれば自分の弟子たちのことだから、謙遜するのはわかる。だが「具臣」(無能な家臣)というのはちょっと言い過ぎではないだろうか。
しかし、孔子の言っている内容を聞くと、自分の弟子をけなしているように見せて、じつは「季氏は、道理に合わない政治をしている」と季氏の当主たちを批判しているようである。
季子然は当然不愉快だったろう。ちょっと嫌味に、あんたの弟子たちはただのイエスマンかと聞き返す。それに対する孔子の答えは「主人が父殺しや主君殺しをすれば従わないでしょうよ」という、またかなりトゲのある言葉だ。
季氏の一族は以前に謀反を起こして魯王を国外に追い出したことがある。そのことを念頭に置いていないはずがない。なんというピリピリした雰囲気。この会話を聞いていた孔子の弟子は(当然誰かが聞いていたから、論語に書かれたわけである)、冷や汗をかいたのではないだろうか。

「道を以って君に事う。不可なれば、則ち止む」というのは、孔子が繰り返し弟子たちに言っていることだ。封建時代に成立した儒教では、身分の上下があることを前提としており、目上に対する礼儀を重視するが、目上を敬うこととその命令に従うことは明確に区別する。むしろ主君を諌めるのが家臣の務め、と言うのが孔子の教えだ。なかなか難しい教えである。君子になるのは簡単ではない。

さて、二千五百年が経ち、身分差別は過去のものとなった。だがどういう立場であれ、相手を尊敬・尊重することと自分の意見をはっきり言うことを区別しなければならないというのは、現代にも通じることだろう。そしてそれは、相変わらず難しい。

(by みやち)

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