青井夏海 『あかつき球団事務所へようこそ』 飾りじゃないのよ野球は(2)

間違い探しクイズです。先週のタイトル絵とどこが違うでしょう?

地球型フィクションのさじ加減

こんにちは。猫型宇宙人の猫丸です。

私は地球人類の文化の中で「フィクション」ほど素晴らしいものはないと思い、楽しみかつ研究しているわけだが、フィクションであるからには現実とまるで違うかというと、そうとも言い切れないのが地球フィクションの特徴だ。

以前にも書いたが、あまりにも現実と違いすぎるものは地球では求められていない。

ということは、どこを現実的に描き、どこを非現実的に描くのかが非常に重要だということになる。

ここまでが前置きだ。

今回は、前回予告した通り、青井夏海著『あかつき球団事務所へようこそ』について書きたい。

これは前回紹介した『スタジアム虹の事件簿』とはだいぶ趣を異にする小説だ。

まず、主人公「松永実咲」は、『スタジアム虹の事件簿』の虹森多佳子さんに比べれば、それほど浮世離れしていない。他の登場人物も、どちらかというと本当にいそうな普通の人々、舞台となる町も、ニッポンのどこかにありそうな場所。なんというか、一見するとフィクション度が低いのである。しかしこれがこの後効いてくる重要ポイントなので心の隅にメモしておいていただきたい。

また、この小説は狭い意味では「推理小説」ではない。殺人事件も犯罪も起こらない。

この2点だけでも『スタジアム虹の事件簿』とは随分違うものだと感じさせる。では、『スタジアム虹の事件簿』のファンにはこの小説は楽しめないのか?そして私のような野球音痴が読むには向かない作品なのか?というとまったくそんなことはないのである。

女子プロ野球 本当らしいフィクションか、フィクションらしい現実か

『あかつき球団事務所へようこそ』の主人公は松永実咲。かつては天才野球少女と呼ばれ、野球に情熱を燃やしていたが、色々な事情が重なり、現在では野球とはまるで縁のない人生を送っている。そんな実咲が、突然職を失い、住む家も失い、なんとなく女子プロ野球の試合を観戦していた際のふとした偶然から転がり込んだ先が、「あかつき球団事務所」。そこは「アラ還、アラ古希、初心者歓迎 シニア女性草野球チーム」を主催する暁香子さんの家の一角だった!という物語だ。

犯罪の出てくる推理小説ではないが、なぜ実咲は野球をやめてしまったのか、野球をやめさせようとした周囲の人たちの思惑はどういうものだったのか、なぜそれでも続けなかったのか、という主人公の人生の「謎」が出現し、それが解かれてゆく過程を楽しむことができる。

さて、突然話が変わるようでいてここからが本題だ。

「パラレルワールド」という概念がある。現実とそっくりだが、ほんの一部分が現実とは違う、あり得たかもしれない別の世界。例えば今の地球とほとんど何から何まで一緒だが、人間の額に第三の目があったり、現実とは逆にほとんどの人が左利きだったり、もっとささやかな違いでもいい、とにかく現実と、「少しだけ違う」世界だ。

そうした世界を想像力と文章の力でありありと描写した作品が「パラレルワールドもの」などと呼ばれ、これはなかなか面白い。今ある現実も絶対的なものではなく、偶然の作り上げた一つのフィクションに過ぎないような気持ちにさせられ、全てが荒唐無稽、奇想天外な作品とはまた別の意味でワクワクする。

物語の導入部を紹介がてらちらりと書いたが、『あかつき球団事務所へようこそ』は、「女子プロ野球」が存在する世界の話だ。「あかつき球団」の香子さんも、戦後2年間だけ日本に存在した女子プロ野球の選手を目指したことのある人物と設定されている。

ここで問題です。○か×かで答えてください

問題1)日本には女子プロ野球リーグがある。

問題2)戦後日本には2年間、女子プロ野球が存在した。

皆さんわかるだろうか。

私はまったくわからない。正解がどっちだったとしても、意外!とも、やっぱりそうか、とも思えない。わからなすぎるからだ。むしろ「男子プロ野球があると言われているが実は嘘だった。あれは漫画や小説の中だけのもの」などと言われても信じかねない。それくらい野球に疎く、スポーツに疎い。だが同じくらい野球に疎い人のために書いておこう。よく調べたが男子プロ野球は実在するようだ。

さて上の問題の正解はもう少し後に置いておくとして、本作『あかつき球団事務所へようこそ』に描かれる世界のニッポンには、女子プロ野球が存在する。戦後わずかな間女子プロ野球が存在した世界でもある。

作中には、野球が大好きで、なおかつ才能があっても、女性が野球を続けることの難しさが描かれる。女子プロ野球は存在するが、プロスポーツの中でも人気の高い男子プロ野球に比べると集客力が低く、プロスポーツとしての面白さがろくに知られていないという厳しさも描かれる。そんな中でも、「もう野球はしない」と決めていた主人公の実咲が野球に再び惹かれてゆく過程が物語の核だ。

そしてこの作品、女子プロ野球があるかないか「判断がつかない」私のような野球音痴が読むと、「女子プロ野球を描いているのか」「へえ、女子プロ野球なんていうものがあるのか」というより、「おお、これは女子プロ野球が存在するパラレルワールドのお話なんだろうか」と感じられるのだ。つまり、作中の「女子プロ野球」の世界そのものが、ややフィクション性を帯びて見える。これは私にまるで知識がないからこそ判明したことで、先に正解を知っていれば見過ごしたかと思うと自分の野球音痴を褒めたいくらいだ。

お待たせしました、正解です

ここで先ほどの問題の答を発表すると、問題1、2ともに正解は○。つまり現実のニッポンにかつて女子プロ野球は存在したし、現在も存在するのだ。

つまり本作『あかつき球団事務所へようこそ』はパラレルワールドものでも何でもなく、リアルな現実に近い世界を描いた作品と言えるのだ。

しかしそれが一見パラレルワールドものであるかのように感じられる、そこに本作の魅力がある。フィクションの中の現実というものへの距離感が絶妙で、ユーモアや軽やかさを失わない描き方が非常にエレガントだ。それは『スタジアム虹の事件簿』のストーリーや、ヒロインにして名探偵、虹森多佳子さんのキャラクターのエレガントさにも通じる。現実とは違うのが身上であるフィクションをこのように描くスタイルがあるのかと目を開かれる。本作『あかつき球団事務所へようこそ』が描くのは、一見「フィクション度が低い」世界であるからこそそれが際立つようでもある。

野球好きの女性や女子野球ファン、少年野球やその先における女子選手の現状や女子プロ野球についてもっと知ってほしい、と願っている人などはもしかしたら「もっと現実らしく描いてほしい」のかもしれない。だが私は野球ファンではなくフィクションのファンとして、しかし「青井夏海野球ものファン」として、この作品をたいへん魅力的だと思う。現実味がないのではない。現実味をフィクションで包む、包み方が美しいのだ。いまだに、野球少女や元野球少女が憧れ続けた「夢」のような存在であろう女子プロ野球が、フィクションの中においてもそれなりに厳しい状況を背負いながらも遠景に描かれる、距離感やタッチが美しい。

現実にありそうと思わせるが生々し過ぎない距離感が、「野球」を描いていながらもっと普遍的な、「自分がどうしてもしたいことや人生の夢などないと思っていたが実はあった」と気づくに至る人間の寓話のようにも読ませる。それでいて、では描かれるものは野球でなくても良かったのでは?というとそんなことはない。(私は知らないが)誰もがよく知るスポーツである野球、しかし知名度の低い女子プロ野球の存在、「アラ還、アラ古希」で野球に挑戦しようというあかつきチームの面々と主人公の交流、野球大好き数十年・暁香子さんのキャラクターなどの具体性が面白い。才能のある人、ない人、体力のある人、ない人、かつてはあった人、それぞれの野球への情熱もいい。やはり飾りじゃないのである、このフィクションの中での野球は。

※冒頭の絵・間違い探しクイズの答:先週の絵とは虹の配色が逆。紫が外側、赤が内側になるこのタイプの虹は珍しいがたまに出現することがある、いわばフィクションのような現実です。

<青井夏海著・助産婦探偵シリーズも面白い>

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